35歳独身が楽しい理由。

まあ平均的な人生を歩んでいる人だと

35歳でまだ余裕はないかもしれませんね。

 

なぜ余裕がないのかというと縛りがあるからなのです。

 

僕が自由に生きられるのはショートカットをしているから。

 

僕の収入は福祉の力の範囲内なので

十五万を超えることはありません。

 

でも社会人になってから一番今が幸せです。

ショートカットが何かというとマクロ的な観点だと、持ち家、交際、車、これを見事にすっ飛ばしています。またミクロ的な観点だとテレビ、冷蔵庫、洗濯機、掃除機までも持っていません。

 

これがどんなに楽なことか。

コツがあります。

 

まず、僕はなになにをダサいと思う、

 

という直感を大切にしているのです。

嫁とケンカした家帰れないぴえん、

とかそういうことを言う男がダサい。

 

また、それいらないんじゃない?という科学的な合理も信奉しています。

今の洗剤は優秀だからつけ置き洗いでも洗濯機を使う場合と実質大差ないとか、そういうのです。

 

前者は映画を観まくることで感性が培われるんですね。

 

後者は読書によって頭の論理性が鍛えられます。

 

それに加えてスマートフォンとインターネット。

 

十年前くらいに、「パソコンは貧者の最終兵器」っていう言葉がありましたが、

 

現代だと「スマホとネットが弱者の最終兵器」ですね。

 

スマホとネットは本当に革命的でした、という話をしたいのではなく、テーマは35歳です。

 

35歳で僕のような環境の人は、若いときの悩みから解放されます。

 

性欲が衰えてくるのでひょいひょい女のケツを追いかける、みたいな行動をしなくていいのです。これは画期的ですね。なぜなら、いい女をゲットしたいがための自分の本来の人生の目標にはそぐわない行動がなくなるから。

 

これによって、やりたいことしかやらない、というマインドが確立されるのと同時に経済的でもあります。

 

飲み会という言葉が僕の中では死後になりつつあります。

 

今年は飲み会なるものには一度も行きませんでした。

 

飲み会にも来ないの?連れねーな、というのは大体独身の人たちのうちの世界観です。友人知人は家庭でいっぱいいっぱいなので、飲み会が自然と消滅したのですね。

 

交際がゼロになると不安なのは女のケツを追いかけていた二十代の幻想であり、性欲が衰えると別になくても不満がありません。

 

フェイスブックが発達しているのでそこで友人知人とやりとりしている生活でも

納得できます。多少の寂しさを勝るメリットがあるからですね。金と人間関係の面倒くささです。

 

雑音なく、自分のやりたいことだけをやる生活が実現すると他人にも優しくなれますね。

 

まあ僕は病気なので、病気と引き換えに自由を得た、みたいなところはありますが。