がんばれないひと。

統合失調症歴10年。35歳男の雑記です。地元のフリーペーパーの記者をやっています。

昭和の三種の神器がない家。

平成が終わりますね。

 

僕は昭和58年生まれで、

生まれた時からテレビ、冷蔵庫、洗濯機はありました。

冷蔵庫や洗濯機の存在が女性の社会進出を促したという分析を昔見たことがありますが、僕の部屋には昭和の三種の神器はありません。

 

しかしネットはひいてあります。

そしてスマホがあります。

あとオマケでこないだポケットラジオ

を買いました。

 

これだけあれば何かに困ることがない。

むしろ冷蔵庫と洗濯機がなくて電気代はたとえば先月は二千円でした。

 

洗濯は風呂に水を溜めて洗剤を溶かし、

その中に服を入れて掻き混ぜてからつけ置きです。

 

冷蔵庫は近くにスーパーがあるのでスーパーが冷蔵庫代わりです。

 

テレビなどの動画はユーチューブ。

最近月四百円のアマゾンプライムに加入したので映画を観まくっています。

 

快適です。たまにポケットラジオを聴いています。

 

都内近郊で家賃を抑えられる三畳一間の賃貸物件が人気だそうですが、

 

その現象が起こる理由がすごくよくわかります。僕も次引っ越すとしたら、そういう無駄のない部屋に住みたいです。

ミニマリスト志向の人は最低限の装備で最大限に近い快適を得られそうなシチュエーションを想像すると興奮するんですね。

 

「これ、なくしてみたら、生活がどう変わるだろうか…」と考えることが純粋に楽しいのです。

 

時代によって生活パターンっていうのがあって、モーレツ社員が死語になると、

過去の便利なものは今あっても"さほど"便利ではない時代なのかもしれませんね。

 

堀江貴文が、ai時代は遊びの時代と言っていますが、

 

これであと食べ物の定額プランが出たら、もう本当に、堕落さえしなければ

 

働かなくていいかもしれませんね。

 

ただそうなったときに何が自分のアイデンティティかと考えるのは、重要な気がします。

 

そういうとき、アフリカや中東の発展途上国の人々の生活を知ったり、そもそもそういう存在があることに、

 

一部の先進国の人は、同情をするのではなく、

 

感謝するようになるんだと思います。そう未来を予測します。

 

やることができたり、

 

社会的な活動、役に立つことをしようと

 

無駄なく思えるようになると思います。

 

快適さを感じられるのは、

快適さを感じられない人たちとの比較があってこそですからね。

 

比較とか相対なしには、

 

幸せがない、というところが人間の寂しさですが、

 

僕は絶対的な幸せというのは衰退や堕落と裏表の関係になっていると思っています。

比較なしの絶対的幸福は手に入ります。

 

このパン美味しいと言ってずっとそのパンだけで幸せを感じることは、情報を遮断すれば可能なのじゃないでしょうか。

 

ただ、そういうふうには人間なかなか生きられませんね。