メシは絶対ひとりで食べた方がうまい。

最近、読んだ新書に食欲だけは

 

ごまかせない、と書いてありました。

 

他の欲はごまかせるのだそうです。

 

性欲、睡眠欲。

 

たしかにこの二つは、満たされると

 

快感!というだけかもしれませんね。

 

満たされなかったら死ぬ、

 

というわけではありませんね。

 

食欲の場合は死にます。

 

1カ月何も食べなかったら

死ぬでしょう。

 

だからこそ思うのですが、

 

食事って本来、極めて個人的な

 

行為なんですね。

 

排便、排尿も人間に必須の行為ですね。

 

よほどの変態でない限りこれを人に見せて快感って人はいないでしょう。

 

昔、高校生だったときに

 

ある先輩が、

 

「オナニーよりウンコする方が気持ちいい」

 

と言っていました。

 

その感覚はその先輩には当時、

 

なんら誇張のないものだったのでしょう。

 

その感覚と同じように、

 

「メシはひとりで食べた方が美味しい」

わけです。

 

解説すると、

 

メシを誰かと食べた方が美味しいのは、

 

まやかしなんです。

 

同じものを食べているのに美味しいと感じるわけがない。

 

楽しいから美味しいというような感じなのです。

 

で、この楽しいというのは、

 

食欲じゃないんですね。

 

コミュニケーション欲なのです。

 

コミュニケーション欲に食事をセットにするのが、

 

何かと人間は都合のいいようにできていますから、

 

なんとなく

 

「メシは誰かと食べた方が美味しい」

 

となるのですが、

 

僕はご飯を食べる姿っていうのは

 

綺麗なものではない、という持論があるので、

 

どうしてもご飯を誰かと食べるときは

 

味よりも体裁とか食べるときの所作を気にしてしまいます。

 

で、家に帰ってきてから、

 

思う存分、自分が味わいたいペースで、

 

あるいはテーブルマナー違反で、

 

美しくない感じでご飯を食べます。

 

これが美味しい。

 

実に美味しい。

 

食べているものが、

 

十円のうまい棒であっても、

 

むしゃむしゃ食べると美味しいものです。

 

僕は無性にたまに牛丼屋の牛丼が食べたくなったりしますが、

 

あそこで食べている人たちはみんな美味しそうに食べています。

 

大体ひとり客が多いからだと思います。

 

誰にも気兼ねなく、あの牛丼が食べられる

 

幸せは、確固なものとしてあるので、

 

薄利多売のビジネスであっても

 

なくなることがないでしょう。

 

ちなみに女の人を牛丼屋であまり見かけないのは、その、男の快適食欲解消空間

に近寄りづらいからでしょう。

 

外にいる女ほど、見かけを気にしている存在もありませんから。

 

でも本当は見かけを気にすることがなければ、牛丼屋の牛丼にひとりでがっついているオッサンの姿は欲の中でも必須の食欲を最大限に満たすには大正解なわけです。