がんばれないひと。

統合失調症歴10年。35歳男の雑記です。地元のフリーペーパーの記者をやっています。

ai時代は"臨機応変"がキーワード。

落合陽一という科学者が注目を浴びていますが、

 

一言でこういう目新しい人たちの発言の目指すところを言うと、きたるai時代への対抗なんですね。

 

で、究極的には堀江貴文のように、

 

もう遊んでいればいいだけの時代、

 

となるのですが、この言葉には誤解を招くところがあります。

 

というのはこの遊びというのも、ai時代の遊び、という意味だからです。

 

昔みたいに9時5時まで働いたあとの、麻雀、ボーリング、ディスコではない。

 

堀江貴文という人は純粋な人だと僕は思います。

 

遊びも純粋なのです。故に建設的だったりします。

 

ただ性欲に絡んだ行動をするのだけを遊びだと思っている人が多いので、

 

誤解があるというわけです。

 

で、僕は1983年生まれの、ザ日本的教育を受けてきた人なので、いまいち堀江貴文流、あるいはai時代流の働き方ってピンときてなかったのですが、

 

曲がりなりにも六本、記者として記事を書いてきた中で、気づいたことがあります。

 

今までは受験勉強に代表されるように、試験に受かること、が価値ある社会人でした。

 

東大もそうだし、弁護士もそうですね。

 

ただこれからはマシーンが"知識"を吸収し、使いこなしていく時代です。

 

そうなると、

 

旧来の試験に合格することに人間を見いだす何かがないんですね。

マシーンがそれ、できちゃうわけですからね。

 

で、僕はでも、旧来型の努力しか知りませんから、曲がりなりにも六本記事が書けたことに、何か、因果を考えるわけです。

 

一日、8時間有名な予備校で勉強したからできた!というようなものの、

 

記者版を考えたくなるのです。

 

答えは、臨機応変さなんですね。

 

取材をすることや写真を撮ることは

相手や対象ありき、です。

 

で、その相手や対象は自分が前もって努力してコントロールするなんてことができません。

 

故に当日の身体のコンディションと、あと人間性、相手に敬意を払う、ということだけなんです。

 

相手に敬意を払うのは歳を取ると普通誰でもそうなりますが、

 

このコンディションというのは、

 

例えばテレビのバラエティ番組のトークのようなものです。

 

あれ、臨機応変さですよね。

 

前もってこう答える、こう発言する、と思っていたらつまらなくなって番組的に失敗するでしょう。

 

だから、僕はまとめると、

 

いつも、何か新しいことをしたり、感じたりするように心がけています。

 

している努力といえばそのくらいです。

 

決まった時間に起きることもしなければ、決まったものを毎日食べたり、

 

同じような一日にはしないのです。

 

おそらくai時代というのは、人間らしさの復権時代だと僕は思います。

 

昔はマシーンがなかったので、

 

誰かがマシーンになることで、

 

価値がありましたが、

 

aiはそれをやってくれる。

 

そうなると、人間らしいことに人間の価値がある時代になります。

 

毎日決まった時間の満員電車に乗ることは人間らしくないことを、時代があぶり出しているんですね。

 

またさっきバラエティ番組のトークがai時代の仕事と言いましたが、

 

ai時代は昔は芸能人などの一部の人たちだけのようなアドリブさ、臨機応変さの売りを、

 

一般の人にも求めようとしています。

 

「インターネットは貧者、弱者の最終兵器」みたいな言葉がありましたが、

 

ネットはここまで世界をフラットにしようとしているのです。