がんばれないひと。

統合失調症歴10年。35歳男の雑記です。地元のフリーペーパーの記者をやっています。

ひろゆきの主張と『コンビニ人間』。

僕はあの2ちゃんねる創始者であるひろゆきの主張を、「結局は三流のコンテンツしか生まれない」と退けたことがあります。

 

今でもそう思っているのですが、その大きな理由は、ひろゆきが考える頭の良い人というのが、"得をする人"だからです。僕はあんまりそういうのを賢いとは思わないんですよ。

 

というのはこのブログでも散々書いている、三島由紀夫の思想であったり、ドストエフスキーなどの実存思想のもとにおいては、"得をする人"というのは"チンケ"だからです。それはまあ僕の一感想だとしても、客観的に見て"得をする人"はノーベル賞をとれるでしょうか。

 

ひろゆきに是非投げかけたい質問です。

 

ひろゆきの主張には、それでもなるほどなと思わせるものがあります。

 

その最も大きなものが、

 

時給千円のアルバイトを提供する側、働く側と双方とも、社会にとって悪である、という主張です。

 

ひろゆきは長々と動画で説明しますが、

 

簡単に言うとこういうことです。

 

例えば牛丼って自分で作ろうと思えば作れますよね。この世の中の全員が牛丼を自炊すれば、牛丼の会社はなくなるんです。当然、そこで時給千円で働く人もいなくなります。ひろゆきは、そういう社会の方が健全だと、そう言うのです。

 

時給千円で働いて身につくスキルが大したことないから、です。

 

ひろゆきは暗に、不要な会社がいっぱいあるとそう言います。

 

ない方が、例えば牛丼だったらみんな自炊して、何も問題ない、とそういうことです。

 

ただ僕はこの点に関しても、突っ込みどころがありますね。

 

ひろゆき芥川賞を受賞した『コンビニ人間』という小説を知っているでしょうか。あの小説は、作者がコンビニという、僕が上で述べたような時給千円アルバイトに従事しているさなかに書かれたものであります。

 

何が言いたいかというと、

 

時給千円アルバイトでも、何か他の目的、つまり稼ぐだとか社会にとって不要だとかそういう単純な発想のもとだけで、

 

人間は行動しているわけではなく、

 

"そこに現実的にあるものを利用して、

 

なにか自己実現の手段にする、あるいは対象にする"という類の人間は少ないかもしれないですが、いるのです。

 

人間っていうのは複雑な生き物なのです。

 

僕はやはり多様性という言葉がキーワードかな、と思います。

 

多様性を認めるのが真の目的であり、

 

社会にとって不要であるかどうかは、

 

人間が決められるものではないのです。

 

その点、ひろゆきは大分浅はかです。

 

僕は、ひろゆきは頭が良い、と考える人間は全員、頭が悪いと思っています。

 

僕が上で述べたようなことを、全く理解できないからです。

 

逆に僕のような立場の人間は、どこがどう世間に頭がいいと言われているのかを、

 

完璧に把握することができます。