がんばれないひと。

統合失調症歴10年。35歳男の雑記です。地元のフリーペーパーの記者をやっています。

全ては犯罪を犯さないため。

僕のこれは持論なんですが、

 

人間って犯罪、つまり他人に迷惑を法的にかけなければ、

 

何しててもいいと思うんですよ。

 

大局でみるとですね、結局どんな人間も誰かの役に立っているんです。

 

タイトルに犯罪を犯さないため、

 

と書いたのはあくまでも自分自身の不利益を重視して、なんです。

 

犯罪ってコスパが悪いんです。

 

捕まったら自由がありませんし、

 

世間から白い目で見られる。

 

うつわの大きい人は犯罪をおかして、

 

それ以上に大きなメリットを社会に

あてられる場合もありますが、

 

それは目指したり計画したりしてのものではなく、結果的に、あるいはいたしかたなくそうなってしまった、という感覚が正しいのです。

 

で、僕は、一つ、統合失調症患者であることのメリットかもしれないと思うものがあります。

 

それは病気になったことによる謙虚さかなと思います。

 

一生の病を患って、

 

例えば、何かで社会的に大成功して、

 

有頂天になる、ということがあるでしょうか。

 

藤圭子統合失調症で飛び降り自殺をしていますが、

 

いつ自分がそのような心理状態になるかわからないんですよ。確率が低いとはいえ、健常者よりかは確率が高いのは間違いありません。

 

僕は小説をたまに書きますが、

 

実力はさておき、意図して世に絶対に出したいと思うタイミングは、

 

いつも今ではない、と思っています。

 

実力がないのがその通りなのですが、

 

実力がなくてよかったと思うことも

 

しばしば1日の中であったりするものなのです。

 

だって、

 

金入る、名誉入る、自己実現できた!の先に、つまり、なんかの賞金をもらった10秒後に、

 

飛び降り自殺しないとも言えないわけです。

 

だから僕はそういうのはこういう風に考えています。

 

「経済的にも社会的にも自己実現的にも成功を収めるような何かは、実際にそれが手に入ったときにも、全く動じず、

 

これまでの生活と何も変わらないのを確信し、つまりもらって当たり前というくらいのラッキー感がない時に、もしかしたら達成できるかもしれない。そんな感じだから、小説を書いて賞をとりたいと願うのは、心のどこかでそれが向上心をなくさないための建前なのであって、

 

本音は、ああ凡人で良かった、平穏な波のない謙虚な生活が明日もやってくると感じることが、等身大の自分なのである。」

 

田中慎弥芥川賞を受賞したときの言葉が、「もらって当然」です。

 

内実はわかりませんが、そういう自己実現の達成の仕方が、狂わない人生という認識です。