がんばれないひと。

統合失調症歴10年。35歳男の雑記です。地元のフリーペーパーの記者をやっています。

無駄遣いではないお金の使い方など存在しない。

僕はたまにこんなことを考えるのですが、

 

無駄遣いではないお金の使い方っていうのに疑問を抱くんですね。

 

思うに、もう少し時代が進めば、

 

これだけ食べてれば大丈夫、

これだけの服があれば大丈夫、

など、必要最低限のお金ではなく、

 

必要最低限の人間が生きていく上での

衣食住みたいなものの、

 

"現物"って支給できると思うんです。

 

そうしないところに民主社会がありますが、

 

そうなると、なになにのお金が浮いたっていうのは意味をなさないと思うんです。

 

だって結局、その浮いたお金で、

何か買うんでしょう。

 

で、その何かって生きていく上では

必要なかったりするんでしょう、と。

 

こういうことを推し進めて考えていると、行き着く先は、人生死ぬまでの暇つぶし、になるわけです。

 

でも偉い人っていうのはいて、

 

例えば医者は患者を命から救うじゃないですか。

 

シンドラーナチスの迫害から人を救ったじゃないですか。

 

ああいうのはどうしたって、偉くないわけないんです。

 

僕は三島由紀夫が自殺した理由に、

 

これまで、死にたかったという死に対するエロスや、

 

美学みたいなもので捉えていたんですが、

 

憂国、つまり経済大国になりつつある中での日本人のかつてあった武士の精神性、これがなくなるとしたら、生きられない、と思ったかもしれないとも最近思います。

 

僕は、たまに頭の中が混乱することがあります。

 

つまり、節約したお金で結局はそれすら節約できる何かを買っていると感じることがたくさんあるからです。

 

そう感じない方法は貯金でしょうが、守銭奴統合失調症を発症し、

 

貯金を治療に当てなければいけなかった過去を思い出すと、

 

なかなか貯金という発想にはなりません。

 

で一つの指針としてストレス発散になるお金の使い方というのがあります。

 

風俗などもその一つでしたが、

 

僕はもう風俗には行きません。

 

でそうなると正しいお金の使い方は、

 

発展性のある知識を得られるような、この記事でいうところの、

 

無駄遣いです。

 

どうせ何買っても無駄遣いなので、

 

それなら、例えば毎回、買うものを変えるとかね。

 

いつも買っていた鶏肉を牛肉にした、程度の変化でもいいと思うんです。

 

何か違うものにチャレンジすることが、

 

何を買っても結局は無駄遣いになる、

 

この日本を生きていく上での楽しみ方というかなんていうんでしょうかね。

 

になると思います。