がんばれないひと。

統合失調症歴10年。35歳男の雑記です。地元のフリーペーパーの記者をやっています。

教養こそ最強の武器である、の真意。

僕なりに考えてみたいと思います。

 

例えば、ある家電量販店の販売員を想定します。

 

販売員さんの中でも、さらに分類がされていて、冷蔵庫担当の人、扇風機担当の人などいるかと思います。

 

で、例えば扇風機担当の人は、扇風機にすごい詳しいと思うんです。

 

扇風機に関してなら、何でも知っている。

 

どういうデザインのものが流行していて、一時間使うとどれだけ電気代を使うかなど、普通の消費者が知らないことを知っているはずです。

 

でもネットで調べたら、販売員さんしか知らない情報というのはないのではないかと思うんです。

 

この場合、販売員さんが得られる販売員さんにしか分からないことって、

 

その勤めている家電量販店の仕事の回り方だとか、どういう消費者が具体的にいるかとか、あるいは業界のことだと思うんですね。

 

それらは実際に働いてみないことにはわからないでしょう。

 

しかし僕は欲張りなので、例えば販売員さんとして優秀に勤めて、あとは妻子との幸せを考える、みたいな人生観には不安を覚えてしまう。

 

今、aiが奪う仕事、奪えない仕事っていうテーマがブームですが、

 

そういう危機感とはまた違います。

 

だれか有名な人が言った言葉で、

 

「何かに時間を費やすとは、その何か以外のことに時間を費やせないことである」と。

 

機会損失の話ですね。

 

僕はそうだからこそ、

 

例えば扇風機の販売員さんになったとして、その扇風機に費やした時間を、

 

自分が売った時間だから、お金がもらえますが、それを他の知識や体験が得られるものに変えなければ、

 

なんていうか、その辺で女ばかり追いかけているフリーターやニートみたいな人間と同じだと思ってしまうんです。

 

というのは、家庭を築くってプライベートなんですよ。フリーターが女をナンパするプライベートと何も本質的には違わないと思うんですよね。

 

世間は、立派に家族を養っていると前者を肯定し、後者を否定しますが、

 

本質はそうではありません。

 

で、何がいいたいのかというと、

 

そういう風に捉えてしまう僕のような人間には、

 

世界の見え方が、一般とは、ずれてくるんですね。

 

学問に対して商売、

仕事に対してプライベート、

本質に対して見立て、

 

こういう二項対立があった場合に

 

僕は後者に自分が置かれると、常に前者が気になって気になって

仕方がないんです。

 

だからきっと僕はお金を稼げないのでしょうが、

 

タイトルに書いた、武器、という言葉は金銭的対価を得るためのもの、

 

という意味だけではないことを僕は信じています。