がんばれないひと。

統合失調症歴10年。35歳男の雑記です。地元のフリーペーパーの記者をやっています。

欲望について。

どこかで前も書いたと思うのですが、

基本的に欲望っていうのは、もし

確固なものとして、自分の心の内から

湧き出るものがあるのならば、

 

無理にそれを抑えつけようとせずに

社会的なルールに沿ってその欲望を

満たす努力をするのは、理にかなっていると思います。

 

こんな話があります。

 

例えばパソコンとかインターネットの

発展の歴史に、もしアダルト動画の

コンテンツに対する欲望が、人々に

なかったら、高速で動画を処理する

CPUやメモリといったハードが、

あんなに急速には発展しなかったという見方があります。

 

インターネットにしてもエロの力がなければ同じように発展はゆっくりだったというものです。

 

また、日本の車が、デザインの分野において、欧米の後手を踏んだのは、そもそも日本人ははじめ、車に対して最低限の欲求しかなく、乗れればなんでもよい、という大方の消費者の意向が、

 

そうさせたという見方があります。

 

どちらもそれなりに正しいように思います。

 

僕に振り返ると、一応三十代である僕は、お金を稼げるようにする努力っていうのは、形式上のものでも、あった方がいいと思っているんです。

 

福祉の力でなんとか生活していますが、

 

病気の症状が悪くなく、毎日安定して過ごせてそれだけで幸せを感じる、というそういう風に心の在り方を持っていく言説はたくさんありますが、

 

それはどうしても苦しかったときに、

振り返って思い出すものです。

 

自然と湧き出る欲望がないという人は

そういった言説通りに過ごして誰も何もいわないそれでいいというものになりそうですが、

 

僕は、そういう人でも形式上だけでも、

 

例えばまわりの普段接する人に、

 

「金持ちになりたい」とか「女優と結婚したい」とか「豪邸に住みたい」とか言っておいた方が、何かとメリットがあるんじゃないかと思うんですよね。

 

私は今のままで充分幸せ、というのは三十代なら例えそう本心から思っても、

 

あえて欲望を作り出すようなことをした方がいいと思うんです。

 

それが生きるモチベーションになったりしますからね。

 

でも例えば、本当によくできた人がいて、

 

ベランダでミニトマトを育てるというような趣味にこれ以上ないほどの幸福感を味わい、尚且つ、何かしら日々の向上心とか発見を見出せる才能が三十代にしてあるのならば、それはもう欲望を持てとか他人が言う次元ではないので、

 

それはそれでいいんですが、

 

僕はそういう高尚な才能がないので、

 

友人とかには、もっと上目指したいと

暗にたくさん伝えています。