大宰と三島がいなかったらとっくに海外に移住していた。

僕は3年後までになんとか文筆で成功してアメリカに移住をするという目標を立てたのですが、

 

そもそもなんで自分は日本に住んでいるのかなぁとかなんでアメリカに惹かれるのだろう、というところの頭の整理をすると

 

まず第一に

 

大宰治と三島由紀夫の二人がいなかったら僕は日本の文化に興味がなかったと思うんですよ。そもそも僕は自由主義な発想をする人なので、

 

変なしきたりとか常識が多い日本の、

 

古来からの文化とか伝統には興味がない。

学生時代は古典という科目が苦手だったし、日本史なんかとらなかった。

 

大人になってから最低限のそれらは学びましたが、別に好きではない。

 

なんでかなと思うのですが、

 

こういうのってパッと見の美的価値観というのは大きく左右してくると思うんですね。

 

例えば僕がカッコいいなと学生時代にはじめに思ったのは、アメリカンニューシネマです。長髪、ハーレーダビッドソン、麻薬、それらのカウンターカルチャーは当時大学生の僕には衝撃的でした。今でこそ、もっといい映画がアメリカンニューシネマに限らずあるのを知っていますが、入り口はジョンボイトとかデニスホッパーですね。

 

で、大宰治と三島由紀夫なのですが、

 

この二人が持つ繊細な内面の美しさというのは他の国にはちょっとないのではないかと思うんですよ。

 

内面の繊細さだけをクローズアップするとこの二人は世界の文学のうち1位2位を独占するような気がします。

 

もちろんもっとスケールが大きかったり、哲学的だったりする作品なら、そうはならないと思いますが、

 

あくまでも内面の美で切り取ると、僕はこの二人には、自分が自分であるアイデンティティ形成にすごく影響を受けたように思うのです。

 

その一点だけで日本が好きなようなものです。

 

僕はでも、中東系みたいな顔をしているし、村上龍と村上春樹が好きなように、もっと合理なものにシンパシーを感じる人間であるとわかってきました。

 

住む国の合理というのは、

 

要するに多民族国家のことなんですね。

 

僕は統合失調症になってからますます、

 

新しく出会う人との交流はないし、

 

交流という意味では最悪の生活を送っています。

 

でもこれがアメリカのような国に置かれると、自然体の、人との接し方になるのを僕は知っています。外国人に道を聞かれて、つたない英語で話しているときの自分は、とても人間らしい優しさがあるのです。

 

そういう自分を発見したい気持ちがあります。また統合失調症患者への理解も、日本より閉鎖的でないように思うのです。それは、多民族ということは、障害も多様だということですからね。

あとハイテクも興味あります。