がんばれないひと。

統合失調症歴10年。34歳男の雑記です。3年後までに文筆で成功し、犬とともにアメリカ移住を目標にしています。地元のフリーペーパーの記者をやっています。

唯一絶対の価値観がない時代の苦しみ。

人間の能力なんてそんなに一人一人で

大差があるわけではないですからね。

 

一応、学業で優秀な人間が上に立つ社会ではありますが、

 

学業なんて勉強する環境と志だと僕は思っていますよ。

 

生まれつきの天才なんていないんです。

 

で、まさにこれが本質だと僕は思うんですが、

 

この世の中には、唯一絶対の価値観、つまり身近に言うと、例えば三十代なら三十代の、こういう生き方がいいよね、

 

なんてものはないんですよ。

 

本当はそういうのがあったら、人間ってすごい楽なんです。

 

高度成長期があったのは、みんな価値観が一緒だったからなんです。

 

だから穿った見方をすると、あの時代は楽と言えば楽だったんですよね。

 

だってみんなが正しいと思うことをやり続ければ良かったわけですから。

 

ところが今はそういったものがない。

 

インターネットで、

 

画一的な価値観なんてものはなくなってしまったんです。

 

そういう時代に生きている三十代の例えば僕なら僕の人生の苦しみっていうのは確かにあると思うんですよ。

 

で、だからこそ、僕はどんなに知識があろうとどんなに社会的な立場があろうと、

 

自分のやっていることが一番正しいと思っている人間は馬鹿だと思っていますよ。

 

ただ同情の余地があるのは、

 

人間ってそういうある種の真実から遠ざかる盲目がないとがんばれないというのはある。

 

世の中の発展、進歩にこの手の盲目、妄信は必要で、

 

いちいち自分がやっている仕事に、これはでももしかしたら自分が楽しんでやっているだけで、ある全く別の価値観の人からしてみたらゴミみたいなものだ…などと逡巡している人間の集まりの中から、

 

生まれてくる生産物はないでしょう。

 

そういう意味で、馬鹿は賢いという論調が成り立ちます。

 

で、それに付随していうと、あるとしたら、その盲目や妄信、つまり自分がやっていることが絶対正しいと思っている人間は、真実ではないけれど面白いという感想に尽きると思います。

 

ただそれだと、人生、ただ面白ければいいのか…となって低俗なもの、人も出てくるわけです。で、そこで面白さの競争をやっているのが現代の日本なのですが、

 

そこから降りて考えると、真実から遠ざかったことをやっているというレベルではどっちも同じなんですよね。

 

で、そういうことを、上に述べたことを踏まえると、やっぱり人と、自分と違うかもしれないそれはそれで立派な価値観の持ち主の他人と接するというのは基本的にエネルギーがいるもので、苦しいものなんです。

 

だけど、苦しいけれど、正しいスタンスなんですね。