がんばれないひと。

統合失調症歴10年。35歳男の雑記です。地元のフリーペーパーの記者をやっています。

ワールドカップをより楽しく観る方法。

極めて個人的な悩みや願望があるとして、

 

サッカーという競技はそれらを反映させなければ、観ていて面白くないものである。

 

一番わかりやすいのは、昨日のスペイン対ポルトガルのクリスチャーナロナウドだ。ハットトリックした。

 

あの3点目のフリーキックが入った瞬間の歓喜は、もし、例えば病気で死にかけている自分の家族の容態が良くなってきたことと重なれば、歓喜が増すのである。

 

これが一番スタンダードなサッカーをより楽しく観る方法である。

 

次に、戦術や個人の技量を単純に観たいがための見方もある。

 

そのためにだって、サッカーに関する知識が常に最新である必要はない。

 

昨日のスペインは、どの選手が出てきてもあのパスサッカーが達成できるだけの各々の技量があった。

 

あのパスまわしはほとんど芸術である。

 

まず日本なんかと比べてみても、

リズムが違う。

 

ワンタッチで来たボールを返すシーンが危なっかしくない。

 

ただ普通であれば、あのパスまわしからは得点が入らなそうにもうつる。

 

最後に強烈なシュートがなければ入らないと思える。

 

しかしスペインのシュートシーンは不思議と繊細だ。

 

緩急だけで相手の逆をつく姿は、

 

相手の力を使って自分の力にする、そういう武術みたいに見えなくもない。選手というより、パスワークの完璧さを楽しむのである。

 

最後に、これがまた玄人の楽しみ方であるが、

 

ハプニングやスーパープレーに注目するという見方がある。

 

過去のワールドカップにはそういうのが付き物だった。

 

マラドーナのドーピング、バッジョのpk失敗、ジダンの頭突き。

 

他にもまだまだたくさんあるだろう。

 

それらは、あの世界が注目するワールドカップで起こるからこそ、観ていて面白いのである。

 

もしかしたら、あれほど全世界の人間が老いも若きも関係なく同時に観るものは、ワールドカップ以外ないかもしれない。

 

トランプ大統領の対北外交ですら、

 

観る人間は限られている。

 

僕はワールドカップを観るときにいつも、昔、イタリアのナポリに旅行に行ったときの光景を思い出す。

 

洗濯物が石畳みの街のカラフルな家々の窓に干されている。その真下で、まだ小さな子供たちがボールを追いかけている。

 

日が暮れるまでそうやって壁にボールを蹴る姿を、中年の母親たちは、夕ご飯を作って見守っている。あの子達も、やはり、今この瞬間遠い遠い日本の狭いアパートでワンセグを観ている僕と同じゴールを観ているのだという想像は、一瞬、気が安らぐものなのである。