がんばれないひと。

統合失調症歴10年。34歳男の雑記です。3年後までに文筆で成功し、犬とともにアメリカ移住を目標にしています。地元のフリーペーパーの記者をやっています。

お金がないというのは健全な悩み。

世の中はお金に困っていない人の方が多い。僕は日本の現代しかしらないけれど。

 

お金に困っているからと言って、人間の最低限の欲求だけを満たすものだけにお金を使うというのは間違っていると僕は断言できる。

 

それを客観的に説明するとこうである。

 

つまり人間というのは動物よりある意味で悲しい生き物なのである。

 

かつて三島由紀夫は、「人間は自分のためだけに生きて、自分のためだけに死ぬというほど"強くない"んです」

 

とそう言った。強くない、という表現なのである。

 

犬を見てみればわかる。

 

犬には余計な悩みがない。食べ物と水と運動と交尾なのである。

 

その世界は、三島の表現を借りると"強い"のである。

 

なぜそうなのかというのは、つまり人間はあれこれいろんな事をして自滅をしているような悩みが多いのである。

 

からしてみたら、完全にそれは自滅である。

 

例えば、浮気の発覚とそのトラブルは、健全な悩みではない。

 

もし犬の世界にその手のトラブルがあるのなら、人間は犬をこんなに愛さない。

 

そういう意味で人間は悲しいのである。

 

だがなぜ最低限のことだけしか人間は金欠でもしてはいけないのかと言うと、

 

まさに世の中はそういった悲しさに帯びた、犬から見ればだが、の人が大半だからである。

 

もし多くの人間が、最低限の生活だけしていたら、つまり、無駄なもの、余計なものに一切お金をかけていなかったら、自分もそうすることに理由があるが、

 

大半の人間が、無駄なもの、余計なものに悩まされているので、

 

お金がなくてもそれらに投資しなければ、巡り巡って自分にお金は入らないのである。

 

つまり、犬はお金を持っていないということだ。

 

それはごくごく単純なことでいい。

 

例えば僕だったら、TSUTAYAで旧作のdvdを二百円で借りる行為がそれに当たる。

 

映画がなくても人は死なないが、例えばすごく単純な話、それまで毎食五百円くらい費やさなければ、調子が優れない人が、面白い映画を観て、寝食を忘れることもある。

 

本当の意味で貧しい人とは、食べ物と文化が選択肢としてあったときに、毎回食べ物だけをチョイスする人間を指す。

 

映画が面白くて食費が浮くような状況を体験するのが人間の悲しくない側面であり、

 

三島はそういう状況を想定し、また実践する天才だった。

 

お金がないという悩みは、もしその対象が生活費くらいであれば、上述の人間らしい喜びを味わうまたとないチャンスなのである。

 

そして純粋に、お金がない悩みから、そういった喜びを感じている人間は、

 

浮気問題が解決したと喜んでいる人間よりも、何倍も美しい。