がんばれないひと。

統合失調症歴9年。34歳男の雑記です。統合失調症の能力を示すのが目的です。

SNSは承認欲求のコンビニ化。

僕はSNSに救われたな、とつくづく思います。僕がもし発症した当時にSNSが今の時代のように発展していたら、発症を免れたかもしれない、とさえ思うことがあります。

 

まあ病気は性格や遺伝もあるそうなので一概に環境だけが良くなっても発症はしていた可能性は大きいですけど。

 

で、本題です。

 

僕はSNSというのは、マズローが主張した欲求の段階の頂点にある自己実現をものすごく身近にしたもの、と捉えています。

 

コンビニ化、とあえて呼びます。

 

楽なんですよ。

 

昔だったら高度な自己実現の存在は、人を死に追いやることもあったと思うんです。

 

希望の大学に入れなくて自殺とかそういうのってあったと思うんです。

 

だけど今は、つぶやいたり写真あげたりしていれば、自己実現を軽くしたようなものだけど、その感覚が得られる。

 

ある意味もう、例えばベーシックインカムなんかでクリエイターを増やさなくても、既に一億総クリエイターというか表現時代はあるんじゃないかと思います。

 

ただ金銭的報酬という意味ではまだまだ弱肉強食の時代ですが、意外と承認欲求の充実というのはそこまで軽視できるものではなく、

 

無用なストレスを溜めないような効用があると思います。

 

僕はそういう目に見えないけど確かにそこにある利益というのを考えるのが好きです。

 

述べたような、承認欲求が満たされて得た効用、なんて目に見えないですよ。

 

それに価値付けするのは自分です。

 

つまり、自分の中で、お金を得て何かを買ったときの効用が、SNSで承認欲求が満たされて得た効用と等価となれば、

 

お金は必要最低限で良いのです。

 

こういう話をすると、大概保守的なそれこそバブルを経験したような年配層には理解ができないんです。

 

よく若い世代、つまり今の世代は大変だと言う人がいますけど、僕からしてみれば物や金が価値観や人生に大きな比重があったあなたたちの方が価値経済のメリットを理解できなくて可愛そうと思ったりします。

 

思うに、これは自分と同じ世代の人がどう思うか、というだけだとは思うのですが、(つまり多くの同世代が考える幸せが自分の幸せにもなるみたいな)

 

僕ら統合失調症患者にとっては価値経済の時代は歓迎すべきことと思います。

 

だって、昔で言う企業戦士にはなれないわけですから。

 

SNSってこの先どうなるんだろう?と漠然と2年前くらいに大学の友人と話していたことが記憶にありますが、今出せる答えとしてはそんなようなところです。