統合失調症の生き方。

僕の場合。34歳独身柴犬飼っている男です。統合失調症を発症してそろそろ10年経ちます。この10年のことや近況や思っていることを交えて、同じような病の方や統合失調症についてよく知らない健常者になんらか参考になれば、と思って書きます。

 

お金にまつわること、つまりは仕事観についてや、異性関係。また10年統合失調症と付き合って思っていることをまとめます。

 

まずお金について。

 

僕は現在のところ障がい者年金と生活保護とライター業の収入で生活しています。

 

これまでに経験した職種はSE、清掃、介護、アパレルです。今、ライターをやっています。

 

正社員だったのはSEのときだけ。SEの三年間で400万円くらい貯金がありました。25歳のときです。その後の清掃、介護、アパレルでは貯金はせず自転車操業です。

 

二つ目の異性について関連するのでもう書きますが、僕は400万円の貯金を三年間で使い果たしました。好きな女性がいて付き合っていたのですが、大雑把に言ってその手の幸福のために使ったお金と言えましょう。その手の幸福が療養になると思っていましたから、療養費も兼ねています。1週間同棲をしていたのですが、うまくいきませんでした。僕はこのとき、もしこの恋愛がうまくいったら結婚しようと本気で思っていました。でもうまくいかなかったのです。

 

そこでケーススタディです。僕は国立大学を出てほとんど失敗なく25まで仕事が務まり、若くしてSEが天職だと思っていたときがあります。しかしそのとき統合失調症を発症。僕は28歳で失恋をしたときまでに学んだことがあります。それは人生についてです。400万円お金があっても療養費と交際費に消えて最後は失恋。これは本心で言うのですが今でもその喧嘩ばかりしていた彼女には感謝しています。もうどこで何をしているかわかりませんが。僕は400万円で病気と失恋の体験を買ったわけです。そこでお金を貯めることの虚しさと恋愛がもつれたときの虚しさを知りました。

 

その後いくつも職を転々としましたが、貯金はしない、パートナーを見つけない、つまり自転車操業と風俗の生活になりました。

 

そんな生活が五年間くらいありました。ちょうどそのあたりで時流があります。つまり旧来の仕事観の否定という時流です。転職しない、マイホームを買う。これらに代表される価値観はいまだに日本には多いです。それを打破しようとしている象徴的な人物は堀江貴文ではないでしょうか。僕はこの手の時流の思想を借りました。そしてアパレルを辞めたあと、好きだった文章を書く仕事がしたいと思い、ある会社に作文を送って面接に呼ばれ、外部委託契約として採用され、今、三本目の記事を書き上げたところです。

 

で、アパレルを辞めた時点で僕は実家を既に出て一人暮らしをしていたので家賃が払えません。そこで生活保護になったわけですが、普通だったらなんらか仕事を探して生活保護を脱しようと思うと思います。

 

しかし僕が今考えていることはそういったチャレンジは慎重に進めようというものです。今、僕がやっている記事を作る仕事は、取材の申し込みの電話をかけたり、そもそも記事のネタを作ったり、取材の話を文章にまとめたり、写真を撮ったりする仕事です。一回記事採用で五千円の報酬です。この仕事内容と報酬なんですが、概観してみるとまさに価値経済のスタート地点の働き方だと思っています。一応、実績として紙媒体で記事が載りますから、仕事が形になったことがわかりやすいです。そして記者としてのノウハウも積めます。

 

収入はお世辞にも良くはありません。しかし、病気との相性は抜群です。毎日決まった時間に決まったことをするストレスはありません。今、考えていることはこの仕事で実績を積んで、もっと大きなメディアで書けるようになるように一発を狙うという作戦です。

 

で、ここでなのですが、もし統合失調症患者が、なんらか一念発起して、同じような患者に、生き方で夢や希望を与えようと思うなら、僕にはこのような、クリエイティブな仕事で一発を狙って成功する、ということの他ないような気がしています。

 

僕のツイッターにこんな女性がいます。その方は、病気をクローズにして低賃金でフルタイムで必死に働いています。今日もがんばる!明日行けば土日と二連休だから嬉しい!今日も仕事終わってホッとした!こんなツイートを毎日しています。そもそも仕事を必要悪として仕事を、病気でありながら、しているのです。僕はその様子をみて、全く勇気付けられもしないし自分もがんばるぞという気になりません。

 

たとえば非常に話を単純化すると、芥川賞を取った統合失調症患者が現れたときに僕はすごく勇気付けられるのです。

 

耐えに耐えてわずかな報酬でも人並みのことができている、というのは病気だからといって誰に評価されるわけではないのです。

 

そういうことを考えていると、やっぱり僕はがんばるという言葉が好きではありません。何度かこのブログでも書いていますが、要は誰でも苦労すればできること、に自分にとっても日本にとっても未来はないと思うのです。

 

ベーシックインカムの導入を堀江貴文らは検討しています。ベーシックインカムがあれば生活のための努力は必要なく、みんながクリエイティブな仕事ができる。現実にはベーシックインカムはないわけですが、僕は生活保護障がい者年金でその状態に、褒められた状態ではありませんが、あるわけです。

 

それで得してるなぁと思う人もいるかもしれません。しかし、僕が、それならば何を努力してベーシックインカムと同様なものを得ているかというと、再発しないという努力です。

 

統合失調症は再発しやすい病気です。僕は10年にわたり、一回も再発はしたことがありません。多くの担当医を含めた健常者に乱暴に言えばどこが病気なの?と少し勘繰られるくらいです。もし、統合失調症に真の意味での成功があるとすれば、この、健常者にとっては当たり前の状態に、努力して見せかけることです。

 

僕のこの10年間で達成した成功はそのような健常者からみれば最低限の状態を維持しつつ、健常者でも難しい価値経済のスタートラインに立ったことだと思っています。

 

正直に今の生活の不満を言うと、もう、これは自分の中での信念なのですが、風俗に行かないのでセックスができないということと、そうは言っても述べたように褒められないベーシックインカムと同様の状態なので、友達づくりが難しいということです。

 

それは今後の僕の努力でしょう。

 

だけど、健常者と同じものを全部手に入れて、なおかつ症状も安定して、クリエイティブな仕事で成功する、というのは僕は限りなくありえないことだと思っています。

 

この辺りに僕が犬を飼い続けている理由があるのですが、それについてはまた整理して書きたいと思います。