がんばれないひと。

統合失調症歴10年。35歳男の雑記です。地元のフリーペーパーの記者をやっています。

映画『ラッキー』を観てきた。

手帳を使って行ってきましたよ。

 

なんだか著名人からのコメントがいっぱいある話題作です。

日経新聞にも紹介されていました。

 

半年ぶりくらいに映画を観たんですが、

 

のめり込んで観ましたね。

 

でも観終わったあと、虚無感というか

 

こういう映画に憧れると、

人間ダメになるんじゃないかと

いう気がしてきます。

 

僕がこれは多くの人が名画というし自分で観ても本当に素晴らしいと思う映画はでも大概そういう感想を抱くものなのです。

 

一例を挙げると

 

『ベニスに死す』。

 

これなんかやばいですよね。陶酔して主人公は死んでしまいます。

『ブロークバックマウンテン』。

もっと他に幸せになる道あっただろう、

というツッコミが入る作品です。

 

これらは美しさが常識やサイエンスでは見出せないものの中のものなんですね。

 

そういうのに惹かれっぱなしだと、

特に僕みたいな病気の人は怖いですよ。

 

ある程度、感傷に浸ったら今月残りいくら使えるかとかそういう具体的な数字でもみないと落ち着きません。

 

でもそうやってバランスを取るからか、

本作の主人公のラッキーみたいなまわりからの愛され方は羨ましいと感じたり、

 

自分を貫くことの潔さみたいなものも感じます。

 

統合失調症はバランス感覚大事ですからね。

 

もし統合失調症で何らか美学みたいなものを持つと、身も心も危うくなる、というのが僕の実感です。

 

精神病院から退院したとき、僕が何より意識したのはそこです。小説のモデルか書き手か。

 

僕はこれまでの人生の中で見いだされる人と見いだす人のどちらかがあるとすると、発症前は前者、発症後は後者でありたいと思っています。

 

三島由紀夫の話になりますが、

三島が最後あのような死に方になったのは、多くの人のその順番とは真逆だったからです。

 

生まれたときから終戦までが見いだす人で、戦後から自決までが見いだされる人だった。それができたのは才能ですが、

 

あの死に方をみて、少なからず可愛そうという感覚は誰しもがあるものなのじゃないでしょうか。

 

それに比べて、ラッキーは本当にラッキーだったという著名人の誰かのコメントは腑に落ちます。

 

長生きして、死という誰もが恐れる感情を抱く。でもそれが感受性につながる。

 

そしてその感受性は、順番が逆でないばかりに多くの人に受けいられる。

 

そこに才能のあるなしは関係ない立派な大往生がある。

クスッと笑えるところがたくさんあるいい映画でした。