がんばれないひと。

統合失調症歴10年。34歳男の雑記です。3年後までに文筆で成功し、犬とともにアメリカ移住を目標にしています。地元のフリーペーパーの記者をやっています。

誰かに頼る勇気、努力。

最近、新聞でニュースを読んでいて一番心に残ったのは、ある事件の裁判官のタイトルに挙げた言葉です。

 

確かワンオペ育児で疲れ果てた母親の子供との無理心中。

で、母親だけ生き残ったという事件だった。

 

母親は昔から自分が思っていることを素直に言えない性格だったという。

 

旦那さんにも疲れていることを打ち明けられず、最悪の結末になった。

 

裁判官は、みんな誰しもがそういう悩みを抱えて生きている。誰かに頼るという努力が足りなかったのでは。

 

ここで僕は自分を振り返ったのですね。

 

僕も病気のせいなのか何なのか思っていることを素直に言えない性格です。集団の中にいると帰るタイミングとかがあってもなかなか言い出せません。

 

そういう性格の人にとって、誰かに頼るというのは司法の前では勇気を出して取らなければいけない行動で、それを裁判官は指摘したんですね。

 

印象に残りましたよ。

 

だってなるべくなら一人でなんとかするということの方が義務だったりするわけじゃないですか。

 

社会人になって仕事をある程度覚えたら一人で頼らずやってみるという教育があると思うのです。

信頼される人仕事ができる人は、この努力を惜しまない。しかしいざというときは人に頼らなければ、それはそれで何か事件が起きたときに、努力不足と言われてしまう。

 

非常に高度なバランス感覚だと思います。正直、難しいと言えば難しい。

 

僕は生活保護に頼りました。

確かに勇気が必要でした。

プライドなんてなくなるわけですからね。

 

でもそうやって助けを求めないと、ストレスフルな生活を送って、再発でもしようものなら、また入院ということになってそれこそいろんな人に迷惑なのです。

 

でも頼ることばかりだと自分の能力の向上はない。そこで僕は指針を設けています。それは何か人に頼むときに、自分の心を直視して、言いづらい本来なら言いたくないでも頼るしかないという葛藤があるかないか、というものです。

 

能力の向上が図られない人頼みには、人に頼るときに勇気とか葛藤とかがなく、あるのは惰性だけであるように思います。

 

そこを判断する。

 

長年生きるということはそういった考えることが増えることだと思います。

 

そこはショートカットできないようになっている。生きている人で大変な思いをしていない人はいない。そういう認識に立つと、心が穏やかにもなりますね。

 

誰かを嫉妬するなんてこともなくなります。