がんばれないひと。

統合失調症歴9年。34歳男の雑記です。統合失調症の能力を示すのが目的です。

【掌編小説】『海の不在』を書いた。

『海の不在』

その海岸は私が物心ついてからずっとその位置にあった。その位置というのは工場地帯の一角である。私は統合失調症を発症してから一度そのあたり、つまり物流会社などがある、トラックの排気ガスがもうもうとしているあたりに、ある夏の暑い日に就職の面接を受けに行ったことがある。私はその頃、自分の容姿というのが定まっていなかった。固執する性格であった。過去の異性を意識していた頃の体重、服装、髪型に強烈に拘りがあり、発症後の体型の変化にもかかわらずサイズの合わないスーツなどを着ていたのである。そのようであったため、当時はいつも外見にコンプレックスを感じていた。面接はそんな状態であるために、また入院歴などをなんとか隠して美化しなければならないため、ぎこちない感じになってしまいうまく行かなかった。私は待ち合わせの時間に早く着きすぎてしまう、という奇癖もあり、
面接の日の前日の夜中にネクタイを締めることもあった。姉に何で今ネクタイをしているの?と聞かれなければ自分がおかしいことに気がつかなかっただろう。不採用が続き、私は工場と工場の隙間にあるフェンスにもたれかかって一服をしていた。ちょうど目の前におそらく工場で働く社員なのだろう、バイク置き場にこなれた感じで原付を止めた男が見えた。私は羨望の眼差しでその男を見ていた。あんな風にこなれた感じで仕事ができたら楽しそうな生活が送れると思い、渋い顔でもう一度、一服をした。煙りが汗と日差しの中のサイズの合わないスーツと調和がとれていなかった。

私は海を眺めるときいつでも青春を感じる。現実にその場に立つと、たとえば向こう岸に聳え立つ高層ビルで働いているような自分を想像する。高層ビルというのは不思議である。たとえ末端の社員であろうとそこにいれば華やかなイメージを第三者は描く。資本主義社会というのはそのようにできている。現実がどうあれ、現実が華やかであろうと想像する人が多ければその想像はときに現実を超える。皆、その現実を超えた羨望を目指して日々活動しているのだ。だが、私は海を想像するときは他人の青春を思うことが多い。思うに、青春とは、一度、自分がそれなりの形のものを経験したら、あとは他人の青春の想像、つまり仮想体験をすることに大きな意味がある。私はそのような効率的とでも言えるような他人の青春の想像に青春を費やしたと言っても過言ではない。私は面接の帰りにその工場地帯の一角にあるコンビニで最新のJ-POPを聴いた。面接がうまくいかなかったせめてもの収穫が、何かこのような、普段、私が得ることができない情報を得て、それに心が動かされることであった。就職活動で私が心が動かさせれることはなかった。あの高層ビルの前でどこまでも私は無力である。昔テレビドラマか映画で私が海を想像するときと同じような感覚を覚えたシーンがあった。それは主人公の恋人がタバコを一日で吸う本数を数えるというシーンである。あの、なんとも知れず無意味な行為が、まさにときに私の存在を恐怖に陥れるのである。つまり、自分もなんら実績を示せずにあのような無為な所作にだけに生きがいを感じるというようなことになってしまいそうなおぞましさ。社会に役立つことができず、あのような感性だけで生きられる人間は限られているし、私のような病気であれば、それは私自身を駄目にするのではないかと常々思っていた。私は面接を受けることを繰り返しながら、たまに海を見に行くという行為を、以後繰り返すようになる。リハビリのため、ではなかった。その感性と理性の危ういバランスを現代においてとろうという意志であった。その海通いは、いつでも、ある種の虚しさを私に示し続けた。私はそれまで数学の計算ドリルをやることだけが意味のある行為だと思って過ごしてきた。実際に受けた教育もそのようなものだった。なんらか実績、試験の合格を目指す努力以外の努力を知らなかったのである。私はそういった変革期の最中に一人、友人がいた。増田という友人である。増田は、有り体に言えば女好きの至って普通の男だった。つまり、性欲が健常に向かう性格の、どこにでもいる男だ。私はそういう男を、自分が精神の病だからといって、何か特別視して見たことはない。増田は付き合っている女の子と長く交際が続かない悩みを持っていた。私はしばらくそのこと、つまり、多くの男の悩みである異性関係について考えてみたことがあった。それは努力を要するものであり、増田は理工系であったため、恋愛のノウハウを理論立てて考えるタイプであった。そういった努力も私が受けてきた答えが出る教育の範疇であると感じていたため、私にはあまり興味がなかった。要するに何ら変哲のない若い女の子に好かれるのであればそれが答えとなるのだ。もしその増田が作った恋愛理論にいたく共感していたならば私は海を眺める青春はたったの一回だっただろうと思う。女と付き合いやがて一回結婚してそれで終わりだったであろう。私はそうならなかったために何度も海へ向かった。虚しさはいつ襲うかわからない海へ向かう道で私は必死だったのである。いつも廃棄ガスがもうもうと立ちこめる中、自転車で走っていく。私は何か変わろうとしているのだという感覚もあり、また過去の思い出を清算しにいくのだという感覚もあった。私は思い出というものが好きだった。思い出を大切に生きられれば衣食住などいらないとすら思っていた。だが病気の再発防止に薬が必要になってからはその感覚は薄れた。助けが必要な人間に見栄は、なす術をなくすのである。そのように変化が進展するに連れて、私は次第に海からは遠ざかっていった。最後に私が感じた海は、高層ビルで働く自分を描くことでもなく、好きな人と海辺を歩くことでもない。ましてやつげ義春の漫画のような世界に浸りながら散歩する感傷用のものでもない。私が眠りに落ちる寸前によくみる夢。夢のような脳内情景と言った方が正しいかもしれない。それは、「不変」の存在である。時代が変わろうとも変わらない存在。具体的に言えば暴走族と私の中の空想の関係性である。

夢の中で暴走族はいつも学校とつながっている。クラスの中に何人かはいる、活発な男の子だ。その男の子にいつも遊びに誘われる女の子がいる。そしてその男女のグループは卒業を控えると、学校の休みの時期に街をたむろし、遊び疲れたあと、海を目指すのである。バイクにまたがり、それは原付バイクを改造したものであろうが、二人乗りをして海を目指す。夢の中でその海は穏やかで水の色が汚くて退屈な話なのにもかかわらず、笑い声が止まない少年少女のかたわらにいつも不動にそこにある。朝まで話し合いときに誰かの言動に涙する少女がいる。私は完全に部外者である。彼らは十年後、つまり、三十前後になったときにまたここで会おうと誓ったりもする。そしてある者はその誓いを守り、ある者は完全にその誓いを忘れる。私が部外者でなくなるのはこのシーンにおいてである。つまり、私は誰もが誓いを、現実の環境の変化の過程で忘れていく中で、どうでも良いその誓いを守るのである。そのときの虚しさは計り知れないものがある。集団が、それも未成年が形成した世界の中の青春は、各々がバラバラになってしまい、年月を経るとあってなかったようなものなのだ。私が、海を目指す度に感じる青春と虚しさは、このことと無縁ではない。

私はもしまた海に行くことがあり、あの夢を見始めるときの気持ちのまま、おもむろに防波堤で少年少女が残していったタバコの吸い殻や酒の空き缶などを見つけたときには、そのときには一瞬かもしれないが、病気のことを忘れるかもしれない。あり得たかもしれない自分自身の変わらなさに、変わって良かったという主観がなければ、恐らく嫉妬したであろう。数日も経てば、同じ光景を、また寝入る直前に、私は再びみる。