がんばれないひと。

統合失調症歴10年。34歳男の雑記です。3年後までに文筆で成功し、犬とともにアメリカ移住を目標にしています。地元のフリーペーパーの記者をやっています。

正負の法則の科学的解釈。

先ほどサッカーの中田のワールドカップ初出場が決まったときの動画をみた。

 

動画の中で中田は先輩であるカズや中山や井原に対し、躊躇なく命令したり、指示を出したりしていた。

 

一つ思うことは、

 

果たしてワールドカップ行きが決まるか決まらないかの試合やそのサッカー人生のさなかに、たとえば僕のような統合失調症の弱者の幸せについて中田は思いを寄せることはあるだろうか、というものだ。

 

だが、この中田の場合は、おそらく中田のモチベーションとしては、

 

弱者が楽しめたり明日の希望が持てるような、つまりみんなの幸せにつながるような最高のプレーをしたいというモチベーションがあったように思う。

 

ここで解説すると正負の法則とは

自分がやりたいことを若くして成し遂げた場合にその後なんらか負を負うというものだが、

 

正負の法則の大家である美輪明宏によれば、作家の三島も正負の法則に当てはまった人物だと言う。

 

この中田の場合と三島の場合のケーススタディをしてみようと思う。

 

中田は正負の法則に絡めとられた人物ではない。それは述べたようにモチベーションが正しいものだったからだ。こういう推測はできる。

 

なぜモチベーションが清いと成功しても負が来ないかというと、

 

浮かれるということがないからではないかと推測する。

 

脳の快楽物質のドーパミンが過剰なときに人はおそらくドーパミンが正常な人より注意が散漫になっている。

 

受験時の模試で毎回ランキング一位の学生が、麻薬や覚醒剤をやった状態でなおも問題が解けるという推測には疑問がある。

 

ほんとにセックスで快楽に酔いしれているときに、東大の数学の試験問題を頭の中で解いている人がいるとは考えにくい。

 

つまり脳内の快楽物質により注意散漫となった日々の積み重ねで思わぬ不幸を呼び起こすというのはある程度科学的に考えられるのではないか。

 

しかし今ひとつ関心ある問題は、中田が清いモチベーションで三島が不純なモチベーションだったと仮定すれば上の説明は納得できる。清いモチベーションは快楽過多にならないからだ。

 

だが中田はせいぜい日本のなかでのパイオニアであって、三島はノーベル賞候補になったという功労の影響度の違いで、中田は正負の法則にあてはまらない、三島は正負の法則にあてはまるというふうに考えられるのではないかという問題がある。

 

この例は一例だが、要は若くして成功しない人生も、不注意にならない生活の維持には役立っていると考えると、ものの見方が変わってくると言いたい。