がんばれないひと。

統合失調症歴9年。34歳男の雑記です。統合失調症の能力を示すのが目的です。

風俗に行かないメリット。

小さく稼いでこじんまりと生きているんですが

 

風俗断ちはうまくいっていますね。

 

僕の、ある統合失調症人生の一つの目論見みたいなのが、渦中ではあったのですが

 

それはどういうものかというと

 

我慢して働いて金で欲に全部まわせば一生再発せずにいつか天寿をまっとうする、というものでした。

 

一年くらいずっとそういうふうに思って生活していたときがありましたね。

 

肉体労働をする→疲れてごはんを食べる→眠る→性欲を発散する→起きてまた仕事に行く

 

こんなサイクルでまわせばストレスフリーで生きていける!

 

そう信じていました。

 

ところがそうやって生活していくなかでもやっぱり考える間みたいなのはありますね。

 

それが邪魔だといえば邪魔だった。

 

こんな人生に何か意味があるだろうかとか考えるのってほんとうはない方が楽なんですよ。

 

別に悪いことしているわけでもないし、

 

うまくフィットした人生にそういう選択もありかなと思っていたんですが、

 

やっぱり間があるんですね。

 

考える間が。

 

ソクラテスの満足した豚よりも不満足な人間、という言葉がありますが

 

まさにあんな感じのことを考えてしまう瞬間がそういった生活にもある。

 

だから僕は好きな仕事をして小さく稼いで小さく向上とか幸せを見つけて生きる方向にシフトしたんですが、

 

まあでもほんとうは満足した豚に疑問を持たないのであればそっちの方がなんというか豪快には生きられたかもしれません。

 

でもソクラテスの言葉のような気づき、

 

これは大事にしたんですね僕は。

 

ほんとうに何も疑問を持たない人であればそのままで突っ走れたような気がするです。

 

でも何か違和感がある、というのを大事にすると今の僕のような生活になりますね。

 

いいとか悪いとかではなく変化です。

 

そしてどちらかといえば風俗に行かない30代の独身の男は吟味するようになりますね。

 

人生で出会うものごとのすべてをチェックするようになります。

 

いささか神経質になるとでもいえるような。

 

風俗にいく生活は生きるエネルギーだけで生きていますから、あれこれ細かいところは気にしません。

 

前のブログにも書きましたがそれはそれで僕が理想とするようなタイプの男像です。

 

他のことには一切なにも不満がないのに、人道的なものごとについては繊細。

 

つまり豪快に生きるんですが、琴線にふれるものについては敏感。

 

でもそういう男は映画や小説のなかの人物であり、

 

ふつうに生きるとはある程度とるにたらないこだわりみたいなものを抱えて生きていくものなんですね。

 

良いとか悪いとかではなく変化がキーワードかな、と思います。