がんばれないひと。

統合失調症歴9年。34歳男の雑記です。統合失調症の能力を示すのが目的です。

不条理小説とコント。

カズオイシグロの『充たされざる者』を読みました。

 

カフカの『城』との類似性がありますが、カフカの方が悲劇的です。

 

カズオイシグロのは書き手が健全でありながら視界が暗いストーリーのなかでくすっと笑える不条理を描いたという点でカフカのそれとはまた違っています。

 

しかしこのくすっと笑えるというのはどこに起源があるのかと考えますと、

 

おそらくそれは過剰な情報化社会の現代において響くものというような気がしています。

 

というのも昔、日本だったら江戸時代にこのような類のユーモアはなかったように思うからです。

どの身分の人もそれ相応に目標というのが明確にあってそれをやらなければ家族とともに生きていけないというような状況のなかでカズオイシグロの本がタイムスリップして読まれたとしても、江戸時代の庶民は笑わなかったでしょう。

 

それは一つにはカズオイシグロも描いているもやっとした狂気じみた会話、平穏のなかに不気味さをみる会話というのはストレートに敬遠されるのが

 

まあ現代一般人の感覚でもあるわけです。

 

ここでいう現代一般人とはそれこそ江戸時代から変わっていない、日々のやるべきことで1日が埋め尽くされているような人たちです。

 

少し余裕のある人が味わったことのある感覚、悪夢なのか現実なのか現実だとしてもこれはいい出来事なのかそれともまた別のものなのかという精神状況の場面をカズオイシグロのこの作品は圧巻の才能で描いています。

 

僕はその部分においてはやはり文学にしかできないのだろう、と思いノーベル賞など評価されるのは腑に落ちます。

 

というのは文学ではなくても、

 

実はこの手の類のユーモアは現代日本のテレビを見てみればダイジェスト版でみることができます。

 

そうですそれはお笑いのコントです。

 

キングオブコントでいつか優勝したコロコロチキチキペッパーズのネタに

 

リヨンという妖精が友達がいなくて寂しいおもいをしている小学生を助けるというコントがあります。これはほんの数分のコントなんですが、笑いのオチは、リヨンが助けた小学生が泣いたり自分に触れたりすると天国へ帰らなければいけないというルールをあらかじめ伝えているのに小学生は、嬉しさのあまり泣いたり、友達に触れないの?と泣いたりしてせっかく友達になれたリヨンを何度も天国に送り返してしまうという不条理を描いています。

 

不条理ってなぜ苦しいものにもおかしいものにもなるのでしょうか。カズオイシグロはともかくカフカカミュの描く不条理はどう考えても苦しい類の方です。

 

不条理をあつかったコンテンツは研究してみると面白いような気がしています。