がんばれないひと。

統合失調症歴9年。34歳男の雑記です。統合失調症の能力を示すのが目的です。

ゴッホは白の使い方がおしゃれ。

先日、ゴッホジャポニスムの上野でやっていた展覧会に行ってきたんですが(障がい者手帳でただです)いつもゴッホの展覧会に行ったときに思うのはいっしょに弟テオの功労も展示してほしいというものです。

 

ゴッホはテオなしでは今のような評価のされかたもされなかっただろうし、

 

まあ自殺してしまったので本人からすると死後に自分の作品が評価されようがどうでも良かったのかもしれませんが、

 

僕はゴッホとテオの交流を描いた映画もみたことがあって、

 

テオという人物は兄の唯一といってもいい理解者だったんですね。

 

そうでなければあの気難しい性格のゴッホが何度も手紙を送っていたなんてことはなかっただろうし、

 

こういう言い方をあえてすると、

 

審美眼がそなわった人物だったと思うんです、テオは。

 

というのは死後に価値がつけられたゴッホの絵を誰よりもさきに価値をつけていたわけですからね。

 

テオ自身も梅毒で早死にしています。

 

不思議なことにあまりにその交流の心象が強烈すぎて、映画化はされども、

 

文章としてまとまって絵の解説ではなく純文系の文芸として二人の交流を描いたものってないですよね。

 

僕が好きなゴッホの作品はチェリーブロッサムの絵です。これはゴッホにしてはめずらしく明るい色調の絵で、春の桜を描いているんですね。

この絵は、オランダのゴッホ美術館の最後らへんに展示されています。

 

そしてテオの子どもが生まれたときの喜びを表現しました。ゴッホにしてはほんとにポップな感じの絵なんです。

 

ゴッホというと黄色と青のコントラストの夜のカフェテラスみたいな絵とかひまわりがまっさきにフォーカスされますが、

 

僕はこの上野の展覧会に行って、

 

ゴッホは白の使い方がおしゃれだなあ、と発見しました。

 

白はなんといっても冬の色です。

 

白というとそもそもキャンパスが白だから表現しづらい色のように思えるわけですが、

 

ゴッホの白は存在感があるんですね。

 

それはあのベタ塗りに近いタッチも去ることながら、

 

まるで顔が整った人物のイアリングのようにポイントが効いているんです。

 

ゴッホは自画像もいくつもかいていますが、

 

僕はあの自画像は好きですね。

 

親にも親族にもゴーギャンにも見放されたゴッホは、それでも自分の価値に自信があった。

 

強烈に自分に自信があった。

 

世間が認めなくても、という自負がなければああいう自画像は描けないでしょう。

 

その証拠に、ゴッホの白の使い方は、どんな威厳のある人物が身につけている白よりも、はるかにはるかに洒落た白でした。むしろ白をファッションとかデザインに取り入れるときの原型みたいな感じすら覚えました。