がんばれないひと。

統合失調症歴10年。35歳男の雑記です。地元のフリーペーパーの記者をやっています。

近況。

今度、職業適性検査というのを受けに行ってきます。

 

ところでこのブログもあと少しで300記事です。雑記ブログですが一年半の間でそれだけ書いてきたことがなんだか自分の中で節目となる感じがします。

 

発症してからももうすぐで10年になります。

 

この十年間は僕にとって忘れられない体験となりました。

 

実に経験した仕事、10種類くらい。会社も正社員だったのは二社だけであとは非正規雇用ですが、これもまた10社くらいを転々としました。

 

不安定な人生だったといえますが、

このブログにもいろいろ書いてきたとおり、その後の人生の糧みたいになった得た情報はたくさんあります。

 

その場限りで自分の思想につながらない情報ってたくさんありますが、僕はたくさんの情報にアンテナを張って生きてきたので血肉となったものも数うちゃ当たるであるのです。

 

ところで二十代をどう過ごすかでその後の人生のパターンもだいたい決まるっていう都市伝説っぽいのしっていますか、

 

これ僕には当たっているんですよね。

 

二十代のころ青春を体験した数よりも青春をたとえば青春小説みたいななにかのコンテンツで追随したというか仮想体験をした数の方が多いです。

 

実は僕は青春の仮想体験って意味があると思っています。佐藤優もそうどこかで言っています。

 

よく、俺もああいうことしてみたいとひとりごちて実際に行動し楽しいリア充を手に入れる人っていますが、

 

それを別に否定するわけではなく、

 

ただ僕には書物を通じての仮想体験の方が性にあっていたんでしょう。

 

唯一、実際に経験したのは西村賢太の『苦役列車』みたいな世界ですが、

 

実際にはあの主人公は病気ではないので形だけ同じだったというのにとどまります。

 

そしてブログを通じて大きな発見もあります。

 

僕はもともと小説を書いていました。

 

純文学系の小説を書いていました。

 

文学賞に応募をしたこともあったのですが落選し、やっぱり僕には小説を書く才能はなかったんだと自分の中でいい意味で諦めがついたところがあります。

 

自分の限界を知ることに肯定するわけではないですが、深くまでノウハウをしってそれでもなおかつできないとなれば神さまは他の道に指針を示してくれたと考える方が精神的にもいいでしょう。

 

というわけで僕はべつに、小説かけませーん、と言って絶望したりはしません。

 

ふつうに今だったら節制生活が楽しいです。諦めを知ることで、逆に幸せになる人生もあるんですね。なんかそういうこと誰だっけな陸上の選手も言っていた気がします。

 

ということで職業適性検査は前向きな気持ちで臨もうと思っています。

 

なにせ10年フィットする仕事をやってこなかったのでその分の不甲斐ない気持ちもあります。どんな結果が出るのか興味もあります。

 

で最後に僕が10年モラトリアムをやって気づいたことをこの投稿では残します。それはそれだけモラトリアムをやると、何か社会にどんな形であれ少しでも貢献したい、という気持ちが自然と芽生えるというものです。

 

僕が好きな村上龍。もともとアウトローだったのが今では最上の権威ある文字通り先生ですよ。

 

そういうのが現実にあるかんじになってきています。

 

心の琴線にふれる作品をのこしアウトローで死んで行った人をおもわなくなるわけではありませんが、

 

なんとなくそれはそれでこれはこれというふうに捉えています。

持てる力を全て出し切って今日を乗り切ろうみたいな歌詞が町田康の歌の歌詞でもあるのですが、あれもすごい好きですね。