がんばれないひと。

統合失調症歴9年。34歳男の雑記です。統合失調症の能力を示すのが目的です。

中庸について。

僕は34年間生きていてわかったことを、代表的にわかったことを一つあげるとこれです。

 

僕のこのブログの初期のころの投稿にもありますがアリストテレスはもし生きていたら生でみてみたかった人物のうちのひとりです。

 

で、中庸とは何か。

 

これは苦しんだり、悩んだり、危険な目にあったり、つまりマイナスとされる要素を避けるばかりの人生だと真理から遠ざかりますよ、と。向上から遠ざかりますよ、と。

 

不思議ですよね。人間は上にあげたマイナスの要素を極力減らすために進化していったのに、現代においてさえ安全を目的とする固執を思想の方から排除するようになっています。

 

誰かが言っていたこんな言葉が現代をもっとも象徴しているんじゃないでしょうか。

 

「今の時代、機会損失の方に目をやらなければいけないが、このネット文化、グローバルの社会では機会損失を全部さけるのはまず無理で、ただ機会損失があることを念頭に生きていかなければならない」

 

まあひらたくいうと、ネットやらなんやらで新しいコンテンツでもなんでもふってわいてくるわけだから、

 

それを逸するような生活パターンだと逸したものは逸したものでたしかにあるよと。

 

有名ブロガーのイケダハヤトなんかもそんなことを言っていますね。

 

でも僕はこれは換言すると、

 

自分の人生が二回あればいいとか自分の身体が二個あればいいとかと一緒のゆめものがたりだと思うんですね。

 

こんなことしている時間がもったいないとかこんなことしている時間があったらあれができた、とかそういうのは往々にしてあって大事なのは今置かれた環境でどんな情報を得られるかだと思うんですよ。

 

またこないだ朝日新聞に革命家のチェゲバラの記事がのっていたんですがゲバラって一般的にはキューバを救った英雄ですよね。

 

でも朝日新聞はそういう側面だけではとりあげていなかったですよ。

 

ゲバラも革命を成功させるために邪魔だったりした人間は間接的にも殺していて、

 

その名残で今でもアンチゲバラとして存在している人たちが現地にいるみたいなんですね。

 

政治家と一緒でリーダーシップを発揮すれば冷血にもなるわけですし、主張をしないと無能となってしまうわけです。

 

そういうことを知ると、ただ事実を淡々と伝えている朝日新聞はずるいのでしょうか。つまり行動をしない思想家みたいな立場はずるいのでしょうか。とか考えてしまいます。

 

このあたり、どうなんでしょうね。

 

行動をすることによって全員が幸せになるなんてことはないわけですからね。

 

で、全員が幸せになる場合は実はすごくわかりやすくて、

 

それは無差別殺人犯に立ち向かう警察官とかの構図だったりします。

 

悪を正義で倒すのがもっともわかりやすい行動で、それにはしかも疑問符はつかないわけです。

 

アンパンマンはあれだけの正義感を実行するために誰にも迷惑をかけていないように描かれていますが、

 

あれは利害関係が単純だからです。

 

僕が好きな元祖行動する作家の三島由紀夫はもしかしたらそれを見抜いていたのかなと僕はたまに想像します。

 

芸術家の、美学のための死って一般にはわけわからないですよね。

 

でも行動することで中庸を保てないのであれば、ありえるのはそういったわかりやすい構造の行動上の、わけのわからない美学のための死しかない。

 

やっぱり僕は現代においてさえ、三島の死は誰も何も否定も肯定もできない代物だったんだと思っていますよ。また三島で話が終わってしまいましたが。