がんばれないひと。

統合失調症歴9年。34歳男の雑記です。統合失調症の能力を示すのが目的です。

統合失調症と才能。

統合失調症患者がほかのひとより長けている点があるとすればそれはおおむね、察知する能力ではないだろうか。

 

金銭的にカツカツの生活をしていてそれどころじゃないという患者はおいておいて、それ以外の治療がある程度成功している患者はことさら相手の心情には敏感である。

 

これがそもそもの統合失調症発症の理由でもあるからだ。

 

よく考えてみてほしい。昔の小中のころ、ガキ大将というかリーダー的な存在だった人間は統合失調症にはかからない。なぜならば無頓着で横柄で図々しい人間が、突然、あのひとが僕の悪口を言っているように聞こえるだとか、

 

僕の部屋には監視カメラがしかけられているといった被害妄想が起きると考えられるだろうか。

 

統合失調症になりにくいタイプにまさにこのタイプの人間があげられる。

 

社交的で、繊細な文学は流し読む程度で、基本的にリア充生活リア充人生。

 

ある日突然なるのは統合失調症ではなく事故とか浮気がばれて離婚とかだろう。

 

統合失調症患者に社会的地位がある人間がほとんどいないのもこの理屈による。

 

基本的に相手の感情を読みすぎて自滅するたいぷは自殺と縁が深い文学者とか文芸には縁があっても、管理職には縁がないものなのである。

 

そうなってくると生き方モデルとして、

 

そこは目指しても難しいのかもしれない、いつ体調が悪くなるかもわからない人間を会社側も要職には置かないだろう。

 

きいたことがあるだろうか、どこかの課長や部長が統合失調症だったというケースを。

 

ないだろう。すくなくとも僕は発症してから九年いまだそんな人間には出会ったことがない、見知ったこともない。

 

とすると統合失調症が賭けられる道は、

 

人望を武器に生きるパターンと才能を武器に生きるパターンである。

 

統合失調症の患者にはなにかのセンスが長けているひとはままいる。

 

おしゃれな格好をしていたり、絵がうまかったり、ひとそれぞれだが、そういった才能は確かにあるのだ。

 

ただそうかと言って、その才能の発露の場がデイケアとかA型事業所ではもったいないように思う。

 

一番理想なのはハウス加賀谷みたいな芸人か、玉置浩二などの歌手だろう。

 

彼らは私生活が大変でもひとに影響を多く与えている。

 

そしてもっともがちなたいぷは芸術家を目指す。

 

ムンク、ゴッホ、カフカ、夏目漱石、あげたらきりがないくらい統合失調症を疑える芸術家はたくさんいる。

 

そしてゴッホをのぞいてたいがいのそういった芸術家も悲劇的な死はとげていない。

 

もちろん例外もある。山田花子というガロ系の漫画家は、統合失調症であるがゆえに自殺をしてしまっている。

 

のちに山田花子のお父さんは、娘はしんの芸術家であったと述べている。

 

統合失調症が文化貢献をする場合は決して少なくなく、ただだからといっていちがいにそういうたいぷを目指させるというのも本人に酷だろう。

 

残念ながら殺人事件などではいつでも精神鑑定の結果で弁護士が、統合失調症の影響で心神喪失状態であったと加害者を弁護しているが、

 

あれは薬をちゃんと飲んでいないひとが絶対に多いので、正直、素朴に生きている患者にとっては迷惑な話なのだ。

 

だが一方でそうやって常人では成し遂げられないこともできるというのは、まぎれもなく才能なのである。

 

僕に限っていうと、僕は理性がおそらく強い。

 

いつでも射精をしたあとのいわゆる賢者タイムのときに、感情より理性がまさっている自分が好きだと言える自信がある。

 

その強い理性はときとして現実にはそぐわない。

 

ふつうにいきた方がいい場合もある。

 

だがここでよくまた考えてほしい。

 

ふつうに病状をおさえ、ふつうに生活している統合失調症患者でもある僕はげんにブログを続けている。

 

もし完全にふつうに生きられるまでに回復しているのであれば、こんなにたくさんブログを書いたりしないであろう。

 

それこそリア充を探すだろう。

 

それができないから、ときに困るのである。

 

統合失調症患者は繊細であるし、

 

またときにふつうのひといじょうに集中力や創造力を発揮する。

 

それを健常者は怖がる。

 

健常者はいつだって異質を拒むものだ。

 

だがげんにれっきとして統合失調症という病気は存在するのであり、

 

これからもまったくいなくなるとは考えづらい。

 

社会が統合失調症と接するときに、まずその健常者の先入観をとっぱらわなければ折り合いはいつになってもつかないであろう。

そのさいに、統合失調症をビジネスに組み込むのは無理があるのだ。述べたように管理職に統合失調症はいない。

 

統合失調症を活躍させる場としてふさわしいのはなんらかの愛を金に変える仕事である。

 

私事で恐縮だが、僕は介護と接客販売の仕事を経験した。介護は文字通り、お年寄りに対する愛情を傾けて業務に取りくんできたが、どう考えても、ストレスがたまりやすい統合失調症患者がいやすいような職場の人の頭のよさではなかった。

 

そのバックグラウンドにあるのは統合失調症があまりに世間に認知されていない病気だというのがあるのは間違いないので、今後も統合失調症に関する投稿はしていくつもりである。