がんばれないひと。

統合失調症歴10年。35歳男の雑記です。地元のフリーペーパーの記者をやっています。

東名高速道路石橋容疑者事件について。

東名高速道路で事故がありましたね。

車の止め方を注意された石橋容疑者が、逆上して注意してきた男とその家族をのせた車をあおり、最終的に停車させてその後トラックにひかれた。

 

僕、正直、この被害者の家族には不謹慎なんですが、それでも注意する方も注意する方だと思いますよ。

話が一気に飛びますが、イスラム国ってあるじゃないですか。

ああいう野蛮にその殺戮テロ行為は”よくない”からと、注意しに行きますか?行かないでしょう。

 

僕は十年前くらいにまだ新卒で新社会人だったころ、駅から家に向かっていると自転車の無灯火を注意して歩き回っているおばあさんにこう声をかけたことがあるんです。

 

「その注意は正しいけれど、やめた方がいい」

 

おばあさんはなんでと僕に問いかけました。

 

僕ははっきりこう言いました。

 

「世の中は正しいことが通じる相手がすべてではない。自分の身が危うくなることもある」

 

そのときおばあさんは心外という顔をして、私はそんな臆病な考えにはのりません、とそう言いました。

 

僕は今でも自分が言ったことを否定しようとは思いません。

 

無灯火の自転車をほんとうになくすなら、なんらかの現実に即した法整備的なものが必要であり、それは今げんに歩きタバコが喫煙禁止地区では減っているように、上からものを考えないといけないからです。

 

いちか弱いおばあさんがとった行動は正義感ですが、正義感の発露って簡単なんです。

 

ふつうのひとは誰でも正義感はあります。

 

自分が思った大多数のひとも思うことをただ行動に移せばいいわけですからね。

 

そんな安易な方法ではなくもっと上に述べたような仕組みづくりを考える方が、ずっと知性的なわけであるし、目的を達成する近道なんです。それも安全に。

 

僕には東名高速道路の事故の被害者の男の写真をみて、ああこの人も僕が遭遇したおばあさんと同じようにただ”安易に”正義感を発しただけなんだろうな、という思いが不謹慎ながらもぬぐえず、

 

それはお父さんお母さんをなくした子供たちには酷かもしれませんが、

 

まったく百パーセント落ち度というか落ち度に接するようなものが被害者になかったかというとそうではないように思ってしまうのです。

 

もちろん石橋容疑者の行為は許されたものじゃありませんよ。

 

ただそれはISの行為が許されないからとただ報復をするような発想と似ています。ただ注意をするのではなく根本を考えるような知性的な人間が増えなければ、このような事件は再び起こることになるでしょう。