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がんばれないひと。

統合失調症を発症して八年目。思っていることとか人の役に立ちそうなことを書いている雑記ブログです。

一日一日を大切にしすぎる日本。

前回の記事の続きみたいになりますが、サービス業のサービス内容が過多だということは競争がより一層はげしくなって、つまるところ一日一日の重みが強くなって、要は世の中が変化するスピードが尋常じゃなくなるということです。

 

僕は『ブロークバックマウンテン』という映画のなかで好きなシーンがあるんですが、

妻と離婚した主人公が、ほとんど物もないトレーラーハウスに住んでいて、牧畜業を営んでいるなか、娘がその田舎まで訪ねてくるシーンがあるんです。

 

で、娘は結婚報告を父親にしにきたわけなんですが、そこで主人公はこう言うんです。

 

「〇〇はどうした?」

 

すると娘はこう言います。

 

「〇〇とつきあっていたのはもう二年も前の話よ。今は□□という新しい恋人がいてその人と結婚するから式には来てね」

 

このやりとりでアン・リー監督が表現したかったのは、二年後に好きな人が変わるという期間をどうとらえるかと、どうして一途の愛を選ばないんだ、その新しい恋人はほんとうにお前を愛しているのかというまあひとつの純愛ラブストーリーなのでそういうセリフを挟むんですが、

 

僕はちょっと違う観点からもみていて、都市部あるいはここでは日本の過剰な働きぶりはそれこそ結婚生活にも少なからず昔と比べてなんかしらの影響を及ぼしているんじゃないかと。

 

実はものすごく便利になっている日本という国がある反面、別に日本人よりなにか知能が劣っているとかそういうのでは決してない他の国やまた日本の中でも遠い田舎の国の人たちからみたら、なんでそんなに日を追うごとに変化が必要なの?なんでそんなに働くの?それに伴う社会問題もたくさんあるのにそこを無視して前に進むの?

 

と疑問がたくさんあるんじゃないかと思うんですね。

 

僕がもうついていけなくなったのはサッカーの世界です。

 

だれだれがどこどこの監督をつとめてこういう選手がいてこういうフォーメーションでというのが一か月後にはさらっと変わっていることがある。

 

スポーツがサポーターの労働状態を前提としないはずはないので、目まぐるしくそれらが変化をするのは、結局、みんななんかしら現状が不満なわけなのです。

 

田舎暮らしでとくにそういう生活に不満を覚えていない人は、三か月前も一週間前もきょうも大体似たような生活を送っているんじゃないでしょうか。

 

そして都心部の人よりも一日一日にそんなにプレッシャーをかけていないわけですから健康にもいいわけなんですよね。

 

で、核心をついたことを書くと、要は別にそういうスローライフはみんながみんな送れるわけじゃなくて、誰かがなんかハードワークするやつが出てくるんですね。それに負けじとみんながんばる。

 

そして、彼らは他のたとえば田舎暮らしをしたことがない人だったりするとそれが当たり前だと思っている。

 

でも、都心部で得られる幸福と田舎暮らしで得られる幸福は変わらないというか、僕が主張したいのは”それらがどっちも同じくらいの幸福だという真理を感じられる人間でない人が多すぎるがゆえに過剰なものが生まれる”

 

というもので、今はそのどっちもの良さを同時に体得するデュアルライフが流行っているのは、まあ上に書いたようなことがあるからなのでしょうね。