がんばれないひと。

統合失調症を発症して八年目。思っていることとか人の役に立ちそうなことを書いている雑記ブログです。

毎日パソコン触っている人がパソコンを売ったらどうなるんだろう。

パソコンって使用用途が多すぎてそれがなくなることによるデメリットが把握しづらいんですね。またメリットも不透明です。

 

僕はスマホを持っていないので、DIGNOケータイというガラホなのですが、この端末だと動画は再生できない。

 

よってエロいやつとかSNSで作曲動画をアップしている友達の作品とかyoutubeとかyoutubeで400円とか払ってたまに観ていた映画とか、それらが見れなくなります。

 

でもこれはデメリットなのでしょうか。

 

ある便利だなと思うものがなくなっても人間なんとかなる。

 

僕の場合、完全にネットから断つのは難しそうなので、DIGNOケータイのガラホだけは残そうと思うのですが、パソコンをいざ手放すとなると、たとえばこのブログだって書けない。

 

まあ漫画喫茶とか行って書いてもいいわけなのですが、お金がわずかでもかかってしまいますね。近くにあるわけでもないので書きたいことをいつでもすぐに書けるわけでもない。

 

それは念頭におきながら、僕が注目しているのはパソコンという体を動かさずに消費するコンテンツを摂取するのをやめた場合、極めて昔のそれも幼少時代の感覚が戻るのではないか、と。

 

もちろんこれは僕の幼少時代です。今の子たちは幼少時代からなんかしらの端末がありますから、ちょっと状況が違いますが、僕が小さいころはせいぜい電子手帳だったので、僕はサッカーに明け暮れている子供でした。

 

そのころになんとなく戻れるような気がする。

 

面白いコンテンツを得ようと思ったら、出かけようとするんじゃないかと思うんですね。

 

映画を障害者手帳を提示して1000円で観てもいいし、家にいてとにかくパソコンをいじることができないのであれば、休みの日なんかは犬の散歩だけ済ましたら街に繰り出すようになるんじゃないか、と。そうすると感性というか物の考え方が、昔の人に戻るのかもしれません。僕の両親くらいの世代に。

 

ただデメリットの方に、パソコンがなくなると一見、物が減ってミニマルに近づくようになるのですが、実際は電子版でいろいろパソコンに入っているわけです。電子版で買った本とか、書類とか、写真とか。

 

だからパソコンがなくなって、逆に物が増えるとなると僕にとってそれは不本意なんですね。さあどうするか。

 

僕の中で使わずに置いておけばいいという選択はあるようでないのです。

 

僕は何か便利なものがあったらそれを我慢とかできずに使ってしまいます。

 

パソコンが傍にあったら触ってしまいます。

 

困ったものです。