がんばれないひと。

統合失調症歴9年。34歳男の雑記です。統合失調症の能力を示すのが目的です。

三島由紀夫が天皇を崇拝した理由。

あらゆる物事になにか指針がほしかった。

 

行動をする際に意義のあるものとしたかった。

 

三島にとってのそれは文章であり、物語であり、アイデンティティであった。

 

日本人として生まれたことによる誇りは、流麗な文章が読者に受けることによって満たされていたはずである。

 

なにしろ文壇のトップに立ったわけだから。

 

それでもなお小説を書こうと構えると、そこに「生の倦怠」を感じると表現した。

 

さて「生の倦怠」とはなんであろう。

 

これはなんら人間の進歩性に寄与しない姿勢のことである。

 

三島がもっとも嫌悪したこの有様に、まさに自分が取り付かれようとしたとき行動を起こすしかなかったのである。

 

三島の不運と呼べるものがあるとしたらここにある。

 

三島は「安心している人間が嫌い」とそう公言することで、多くの野心ある人間が三島について行った。するとそれに応えなければ、自分が確立したアイデンティティも崩れてしまう。

 

「安心している人間」は、三島の中で、戦争体験と比較したときに、もっとも顕著に現れるのであって、平時には「安心している人間」とはふつうの人のことなのである。

 

三島は戦争を知っていた。これが二つ目の不運である。

 

そして最大の不運と呼べるものは、天皇を唯一の絶対の存在としておいたことだった。

 

三島のロジックによれば、この世の中で唯一絶対価値のあるものなどない。

 

なぜならたとえそれがあったとしたら、唯一絶対の価値であるゆえにその価値がしだいに立場上ゆるぎないものとなって、必ず堕落してしまうからである。

 

どんな権威にも揺るがない姿勢をみせるのがアイデンティティの三島のような人間の場合、残る道は天皇のほかない、あの戦時中ただお国のためにというフレーズで戦地に赴いていった人々を、その場所に置かせておけたのも、なにもかも天皇という象徴があったからである。

 

もしそれがまた平時においても復活したのであれば、少なくとも「生の倦怠」はない。また戦争がしたいと思っていたわけではなく、日本の未来を考えざるをえなかった。

 

僕は三島という人間はその一点において、非常にまじめだと思うのだ。

 

ふつうであれば、よりどころを自分が生み出す作品に投影し続ければいい。

 

だが三島は自分自身をよく観察しており、その観察の中でときおりみる、許せないほどのなまぬるさを発見するともう耐えられなかったのである。

 

天皇さえいてくれれば。自分の思考のすべての大元となった日本という一国の象徴さえ守れれば、それが全人生の目的になる。

 

そうして見事に散ってしまった。

 

三島のロジックははじめから破滅を含んでいたことを、おそらく若かりし三島は知っていて、だけどそれをすぐに行動に移せずに間接的に小説の中で書いた。

 

僕は、若かりしころにそう知ってしまったときの、自分の人生を結果的事実のとおりに

運ぶことになるだろうとそうはじめて予感したときの三島の心中を思うと、そこにはなんともしれない運命の有様をみるのである。

 

今、世にいるお父さんお母さんたちが、こどもに三島のように生きなさいとは決して言わないだろう。

 

だけどそういわない健全なお父さんお母さんが増えれば増えるほど、三島の価値はどんどん高まっていくという構造があるのは事実である。