がんばれないひと。

統合失調症を発症して八年目。思っていることとか人の役に立ちそうなことを書いている雑記ブログです。

ウイークタイとストロングタイ。

たくさんのコミュニケーションの方法があるなか、ある共通の本を読んでそれについてどう思ったかを話す、コミュニケーションは一味違ったものになります。

 

僕はあんまりリア充的な時間を一緒に過ごす友達はいないけれど、

 

本にまつわることを意見交換できる人はいます。

 

ウイークタイとストロングタイという話をご存知でしょうか。

 

アメリカで調査したところ、貧困層というか、文化度の低い生活をしているコミュニティでは、そこで生活する人のほとんどがストロングタイ、つまり地元の昔からの友人や親族や近所の知人とだけ交流しているという実態があるそうです。

 

ウイークタイというのは、年に一度、会うか会わないかのような人。

 

実際、会ったことはあるし、どういう人なのかも、今だったらSNSなんかで知ることができるけれど、頻繁には会わない人のことを指します。

 

このウイークタイをいかにもっと手広く交際範囲として持って、長く親交を深められるかが大事と多くの識者がいいます。

 

僕の場合は、本の話ができる人のほかに滅多に会わないけれど、高校時代の教師もいます。

 

今は教師をやっておらず、ふつうに主婦として暮らしているのですが、たまにメールをして、どんな活動をしているのかや、悩み相談などをきいてもらったりします。

 

グッドウィルハンティング』という映画だったと思うのですが、

 

優秀な知能を持ちながら肉体労働に終始している青年と苦悩を抱える年上の学者との交流を描いた映画があります。

 

あれがまさにウイークタイの理想的な目的なわけです。

 

肉体労働ばかりをしていたら、肉体労働の生活で埋め尽くされてしまいます。

 

もちろん肉体労働を否定しているのではなく、ただ現実的に肉体労働の環境では

 

アカデミックな知識を持ち合わせた人間との交流は得難いと言っているのです。

 

そういうのは僕もこれまでの経験でわかっています。

 

別に優劣があるわけではありません。

 

肉体労働で成功する男もいるだろうし、またそういう人の中でも立派な親になる人はたくさんいると思います。

 

ただ肉体労働が肉体労働のままで過ごしていった場合、その人は極端な例ですがノーベル賞はまずとれません。

 

人間には向上という目的があるわけなんです。

 

一つできることがある。次にできることがある。それらが10個あったとして、その10個をずっと何年も何年も繰り返しているだけのところに知性はないのです。

 

その10個ができる背景にある知識や情報を活用して、何かに応用するのがステップアップの道です。で、僕はたまに思うのですが、このステップアップ、いわばホワイトカラーへ、たとえばマネジメントの方の道へ向かうために必要なのは大学卒業資格ではないと思うのですね。

 

ここで必要なのは、おそらく本を読むことだと思うんです。大学で学んだことは学んだことで確かにあるでしょう。でもそれだってどんどん社会は動いているわけですから、キャッチアップしていかないことには卒業資格なんでただの紙にすぎません。

 

本を定期的に読む。情報を仕入れるということです。そして感じたこと、思ったこと、学んだこと、ここは難しいと思ったところを、アウトプットして述べたようにウイークタイでつながっているそういった話ができる人へメールでもする交流は、人生を豊かにしてくれます。

 

ストロングタイはそれ自体はそれはそれとしてあっていいと思います。

 

むしろないと天涯孤独でしょう。大事なのは自分にはないものを持っている人との弱い交流を絶やさないことかと思います。