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がんばれないひと。

統合失調症を発症して八年目。思っていることとか人の役に立ちそうなことを書いている雑記ブログです。

人間はある程度余裕がないときに大きな力が発揮されることがある。

あんまりこういう例はちょっと馬鹿みたいなんですけど、

 

昨日、僕は職場からバスを乗り継いで駅まで着いたんですが、最寄り駅までの電車の発車時刻まで10分くらいしかないなか、ダッシュして煙草が吸えるところまで行き(なにしろ仕事おわりに煙草を吸うところが物理的にないうえにバスの時間がせまっているので煙草をまともに吸えないんですね)

 

そのまま吸い終えたらマックまで行ってダブルチーズバーガーセットを買い(これもまた夕食を食べられる時間を逸することが仕事の都合上よくあるんです)

 

それを持って、残り3分でマックからホームまで発車の電車に滑り込んだんですが、

 

意外とですね、これがはやく走れるものなんです。

 

フルタイムの仕事で疲れているはずなのに、階段とか一段飛ばしで駆け上がれます。もちろんまわりにほとんどいない状況ですが。

 

火事場の馬鹿力といいますが、火事までのせっぱつまったものはないにしろ、確かにそういうとき人間はふだんならできないようなことができる。

 

映画『アキレスと亀』にはこの原理を最大限芸術作品に落とし込めないかという発想の主人公が出てきます。

 

”いい絵”を描くために、まず精神状態を人工的にぎりぎりのところまで持っていくのです。

 

その映画の中では、風呂場で潜水していました。息苦しくなったところで、湯船から顔をだし、洗い場に立てかけてあるキャンパスと筆をとって、かき始めるのですが、これはまあコメディのひとこまです。

 

それでも、発想の根底にあるもの自体は間違っていない。

 

反発力というか、そういうテコの原理みたいなので、能力が発揮されることはある。

 

このさい、実はつらいだろうなあと思っているのは、行動をしていないときの、たとえばそういうことをしなければいけないと考えている前日の頭の中だけなのです。

 

当日になってみて、身体や頭を動かしているときにはそんなにつらいとは感じないものなのです。

 

不思議ですよね。

 

人間は目的があると、強いというのは本当かもしれません。

 

頭の中ではいくらでも思考が続きますが、それはときに暴走もするし、異様な幸福感も味わえる半面、つらいなあという感覚も想像できる。

 

それに対処する方法は、行動を起こすことなのですが、そればかりに注視していると、

 

結局『アキレスと亀』にあったように、絵もなにもかもうまく行きません。

 

そういうこともあるんだなあくらいに思って留めておくだけで、まあ誰かに伝えたり教えたりしても意味のないものなのかもしれませんが。