がんばれないひと。

統合失調症を発症して八年目。思っていることとか人の役に立ちそうなことを書いている雑記ブログです。

一日一円も使わない日を設けるのは有意義。

お金ってとくにあぶく銭の場合、金は天下のまわりものだみたいな感じで使ってしまう性分が僕にはあります。

 

誰かからのプレゼントだったりで一万円とかもらうとまず貯めません。

 

ここに関しては前回の投稿にある堀江方式にのっとっている。

 

僕はポイントマニアとか値引きセールマニアみたいにはなりたくないんですね。

 

あれはあれで一見堅実にみえて、大局を見極める力が衰えていくものなんです。

 

これは何も思いつきで言っているのではなく僕はまさにその体験者だからで、

 

昔は思っていましたよ、とりあえず500万円貯めたらアパート経営をして、月五万円くらいの収入と障がい者年金で生きられるんじゃないか。

 

だからまだ社会や人間について何も知らないのにせっせと貯金に励んでいたときがあります。

 

で、結果どうなったかというと、僕の場合、病気になってその治療に貯めたお金の大半を費やしたんですね^^;

 

もうあの状態には戻りたくないんですね。日々、ちょっとでも自分の成長につながったり、発見があったり、今後の些細なことであれ、自己投資になるのであれば、お金はちょくちょく使った方がいい。

 

特に仕事をはじめるとまずはこういう病気だとストレスをためるのはよくないわけですから。

 

ただそれをよしとして、お金をどんどんまわすというのも違います、当たり前ですが。

 

ここも中庸の概念ですね。

 

そうなんです、何度もいうようにバランス感覚。

 

いいかえれば、すべての何かしらの勉強と名がつくものは、知識でもお金でも交友関係でもなんでもそうですが、このバランス感覚をどんどん自分の味方につけるために行っているところがあります。この勉強はきっと一生涯続くものなのでしょう。

 

そのためには気を抜いている期間は一週間もあると僕はだめになります。

 

一日のうちのどこかで落ち込んだり、またはうれしかったりというサイクルが、躁鬱にならない程度にあるのが、一番健全な道のりかと思います。

 

で、昨日、僕は仕事が休みだったので丸一日寝てました。

 

たくさん寝られるのも、体力がある証拠と言われますから、それはそれでうれしいことでした。

 

体力はあった方が、生きやすいですからね。なにせ精神やられて体力もないとなかなか生きていくのが大変です。

 

で、さすがに丸一日寝ると、お金なんて使いません。

 

当たり前ですが。

 

そういう日を設けた方がいい、と何かの本に書いてありましたが、これは別にそうすることによってなにか状態がよくなるとかそういう医学的科学的な論拠はないとは思うんです。

 

次の日にまとめてなにかそのお金を使わなかった分、使ってしまうという可能性だってある。

 

でもなんていうか、沈静の期間だと思うといいかもしれません。

 

クリスチャンが一週間に一度、教会に行くようなものです。

 

僕は自分の中で信じている神様的なのはいますが、メジャーな宗教だと信じたいと思うものがないし、きっと今後も信じないでしょう。

 

でもそういった宗教に関係ない人でも、身をあらためる的な時間は有意義かと思います。

 

僕の場合、それは瞑想でもなく、運動でもなく、ただお金を使わずになるべく長い時間寝ることなのかも。

 

そういう日がたまにあるとたくさん寝ることで、身体のコンディションが戻りますし、

 

あと煩悩も翌日、少し落ち着いています。

 

でもこれもまた、寝よう寝ようとばかり思っているとうまくそうできないものです。

 

コツがあって、ああちょっとなんかいろいろだるいなあ、と思ったときがチャンス。

 

そのダルさに思い切って身をまかせるのです(笑)

 

変にふんばるのではなく、今日は沈静期間なんだと思って、身をふとんにゆだねる。

 

こういう言い方が適切かはわかりませんが、そうすると一月に一回くらいは自然とたくさん寝られてごはんもてきとうな家にあるものを食べて、だらだら時が経過するときはやってくる。

 

変に抗うのではなく、自然のまま自分を放置するみたいな感じのテクニックです。