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がんばれないひと。

統合失調症を発症して八年目。思っていることとか人の役に立ちそうなことを書いている雑記ブログです。

『サイコパス』を読んだ。

 

サイコパス (文春新書)

サイコパス (文春新書)

 

 

トランプがサイコパスと言われていますね。

 

僕なりにかんたんにサイコパスを定義すると、

 

「利己の対象が一般人と変わっていてときに無謀とも思える大きな仕事をやってのけるメンタルがある反面、負のたとえば快楽殺人みたいなものに手を染めてしまう脳内の働きが作用している人のこと」

 

まあ詳しくは本書に書いてあります。

 

一見、負の、それこそ反社会的パーソナリティだったり、協調性がなかったりなどというところがクローズアップされがちなのですが、

 

あのアップルの亡きスティーブジョブスもサイコパスだったみたいです。

 

なんでもできない仕事は共同設立者の友人に頼み込み、得た収入を自分の方が多く取り分をとるために、実際よりも大きな金額を友人に伝えて、要は半々どころか、それ以上に利益を確保していた、みたいなエピソード。

 

あと毛沢東なんかもサイコパスだったみたいです。大粛清みたいな行動は、道徳心に欠如があり、一人の命をなくして他の多くの人の命を救うみたいな状況に違和感を感じないメンタルがあったと。

 

本書で的確に書かれていましたが、サイコパスとはそれ自体が問題あるわけではないようです。むしろサイコパス的な人間が、いつの時代も必要だったから、その遺伝子などが滅びずにずっと人類の歴史が続いてきたとそう仮説を立てています。

 

またサイコパスは環境的な因子よりも、脳の構造上、遺伝による影響も多々あると指摘されています。

 

で、僕は本書はあんまりおもしろいとは思わなかったんですね。

 

そりゃあそういう人もいるわなあ、くらいで。

 

それに、あなたもサイコパスかもという触れ込みでサイコパス診断みたいなかんたんな質問項目がのっているんですが、それをみたときに、僕がまず浮かんだ疑問は、「誰でも多かれ少なかれこういった要素はあるんじゃないか」というものです。

 

つまり僕がすぐに思ったのは、サイコパスが100人に1人くらいの割合でしかいないような人たちであっても、その他の99人も「サイコパス的要素が少しはないと上手く生きていけないんじゃないか、あるいはいざというときに困ることも多いんじゃないか」

 

というもので、本書ではサイコパスな人を先天的な要素が強いと論述していますが、後天的にサイコパス的な能力を身につけた方がよい、という主張はありませんでした。

 

しかしその意味はわかります。

 

つまり、人間には役割というものがあるのです。

 

サイコパス的な人間がいれば、穏便で欲がまっとうでふつうに暮らしていければそれでいいという人間もいる。

 

それこそ多様性じゃないかと思うんですね。

 

サイコパスの殺人は、関わってしまうと大変ですが、今の時代、リスキーなのはサイコパスに殺されるかも、ということよりも、もっと他にいろいろリスク要因はあるので、そこまでサイコパスに騙されないように!という主張は数あるリスクのうちのほんの一つくらいな気がしました。ただサイコパスについていろいろ知識があるのはいいことです。

 

なんでも脳の偏桃体という部分に他の人よりも異常なところがある可能性が高いようだったりするみたいです。

 

でも33にもなるとわかりますよ。いくらスティーブジョブスはすげー人だったみたいな論調があっても、その裏で、さまざま迷惑を被った人たちはたくさんいて、その結果として、iPhoneとかが生まれたことぐらい。広い目でみるとスティーブジョブズの個の力の突出した天才性だけでイノベーションが起きたわけではないことぐらい。

 

地球上に生きる人間には等しくみんな役割があります。

 

なかには弁護の余地のない死刑囚だっていますが、そういった人たちは死刑制度が存在する社会の役割の中で生きている。死をもって罰を償う役割がある。

 

もちろんそんなふうにならないようにするのが理想的な社会ですが、繰りかえしてしまいますが、33にもなるとわかりますよ。理想はいくらでも語れますし、理想の中でそれらはありえますが、現実は現実としてある、と。

 

そうやって不確実性の社会をみんな生きているわけです。

 

完璧な人間なんてひとりもいないわけですから、どんなよい評価もどんな悪い評価もありえるわけです。そういうのを否定した方が楽といえば楽です。いつまでもスティーブジョブスは偉大で、心底あの人みたいになりたい価値感のままずっと前だけ向いて生きられたら最高でしょう。でもそれは楽な道なのです。本書のような相反する価値観が提示されている本を読むことで、絶えず価値観は揺らぐ不安な状態になりますが、思考停止には陥りません。