がんばれないひと。

統合失調症歴9年。34歳男の雑記です。統合失調症の能力を示すのが目的です。

創作の方がかんたんだと言う人間が、創作活動するのに向いている。

大概の仕事よりも、創作の方が難しい。

 

僕はこれまでやってきた仕事を踏まえて、そう切に思います。

 

創作で成功する人は、おそらくなんらかのその他の生活で苦労があるものです。

 

こないだADHD発達障害)で良かった!みたいなタイトルの本を読んだのですが、

 

その人は創作マンではなく、一コンサルティング業で成功を収めている人なのですが、

 

その本に書かれている苦労はとてつもないものでした。

 

僕が目を疑ったのは、

 

運転免許の試験に7回落ちたというところです。

 

あと七割以上の確率で家を出たあとで、忘れ物を取りに帰るのだそうです。

 

僕は正直、その著者が、たとえいくら、今、ADHDで良かった!今、そのおかげでめっちゃ幸せ!みたいな記述をしていても、鵜呑みにしません。

 

というのはとてつもない苦労が過去そして現在もあると推測し、今現在を鑑みても、トータルで苦労と幸福は相殺されているように思ったからです。

 

その著者は、主に過集中という言葉をよく使っていました。

 

なんでも、どんな対象であれ、のめりこんでしまうそうなのです。

 

受験勉強時のテストの前で、テストでいい点をとる!という目前の目標をころっと忘れて、他の何か気になることがあればそっちにのめりこんでしまうのだそう。

 

おおまかに言って、ここはテストに出ないだろうというところでも、マニアックに興味が赴くままに、たとえば歴史科目の範疇の三国志だったら三国志のストーリーの細部にまで目を凝らしてしまって、他の受験科目や、そもそもその歴史科目ですら、全体的に網羅していないわけですから、いつも及第点以下だったそうです。

 

ただそういった特性から、豊富に話題に関しては知識があり、難関中の難関の就職面接も落ちたことがなく、仕事の縁で困ったことはないと言っていました。

 

そのとおり、今はコンサルティング業で大活躍し、成功している。

 

ただどうですかねえ。

 

運転免許の試験に七回落ちるというのは、生きていくのが大変です。

 

なんだか車を運転しているときに事故ったりしそうですよね。

 

まあ、その著者の話はこれまでにしておきますが、

 

そういった事例も含めて、やっぱり人には向き不向きというのはあるんだなあ、と。

 

難関の就職面接に受かる方が、運転免許の試験をとるより簡単!というような感じで、

 

ふつうにそのへんにある仕事よりも、小説を書きあげたりする方がよっぽど簡単という人が、小説を書けばいいのだという結論に、33になって僕は思ったりしています。

 

僕は小説を書いていたことがあったのですが、そういう意味ではまったく向いていなかったのでしょう。

 

小説の場合ですが、あれは、かなりまどろっこしい婉曲な情報なんですね。

 

確かにズバッとA4一枚の紙に主張を書かれるより、物語を読んだ方が強く印象に残る。

 

だから僕は今後も小説を読み続けますが、もうおそらく書くことはないでしょう。

 

仕事をはじめると、そんなことにも気づかされる。

 

創作の方が大概の仕事より簡単だという人間が、創作活動で成功するというのはよくあること。