がんばれないひと。

統合失調症歴9年。34歳男の雑記です。統合失調症の能力を示すのが目的です。

統合失調症ですが、障がい者雇用でアパレル関連会社に採用されました。

まずはアルバイトですが。そして勤務地も遠いですが(交通費は出ます)。

 

それでも転職活動二社目にして異業界への入り口に立ちました。

 

障がい者枠なのですが、それも初めてです。

 

まずは時短勤務なのでゆっくり環境の変化に慣らして行きたいと思います。

 

そして電車とバスを乗り継いで片道一時間半ということなのですが、試用期間が終わったら他のもっと勤務地が近いところに異動になる可能性がある、と言われました。

 

会社側から応援していますから戦力としてしっかり勤務してくださいね、というメッセージですね。

 

『騎士団長殺し』を読み始めているのですが、村上春樹の作品を読むと(まだちょっとしか読んでいませんが)、謙虚になるとはちょっと違う、なんというか素朴に生きる大切みたいなものを僕はいつも感じます。

 

素朴って、僕の中のイメージではこんな感じなんですね。

 

「そりゃあ、世を見渡せば、立派な肩書で、派手に生きている人間がごまんといる。彼らは強い。介護?そりゃあ要するにじじばばの世話だろ、とか、障がい者雇用?単調な程度の低い安月給の仕事だろ、とかそういう言葉は、そのへんの居酒屋で僕と同年代の健常者からは腐るほど吐き出されているでしょう。僕はそれでいいと思っている。僕はそんなふうに言われていることをそんなに気にしない。それよりも真摯に本と向き合えたりする素質を保つことの方に、生きることの尊さを感じる。」

 

僕は発症してから読書を続けてきて良かったなあ、とこういうとき思うんです。かっこうをつけてあれこれ読書より行動だ!とか言って、仕事に邁進する生き方もあるでしょう。でも僕は何かを見落としたくなかった。そういう生き方を貫くのであれば、天職であった清掃の仕事をずっと続けて、チャレンジなんかしなかった。去年は確かに資格はとったけれど、介護の仕事では失敗した。失敗というか就労不可がおりて退職してしまった。借金も若干背負った。

 

それでも無駄になったとは思わない。見落とさなかったものがあるから、今また新しい業界のスタート地点に立てた。もちろん働きはじめてからの方が大変なこともたくさんあると思うんですね。

 

でも、村上春樹作品と接するたびに思う、「確かに友達は少ないかもしれない。親に自分に対する理解がないかもしれない。自立もしていない。障がいがある。でも、自分がちゃんと大地に二本の脚で踏み立って”生きている”感覚を噛みしめているところは大事にしたい」

 

というような感覚はこれから生きる上で一助となるように思うのです。

 

でもまあテクニカルなことを言うと、33にもなると自分の本心にはないような言葉を並べただけの面接は通らないんじゃないかと振り返って思いました。僕はつくったわけでもなく本心にある思いが、ようやく社会のニーズとマッチしたとそう捉えています。