がんばれないひと。

統合失調症歴9年。34歳男の雑記です。統合失調症の能力を示すのが目的です。

中村天風哲学の限界。

僕は以下の質問を天風会という中村天風さんの哲学を実践している団体に投げているところです。

 

”私は統合失調症を患っています。『運命を拓く』第五章大いなる悟りに以下の文があります。

「病になったならば、病をむしろ忘れるくらいな気持ちになりなさい。

病は忘れることによって治る。」

私は入院したときに「病識」を持ちましょうと担当医に言われました。病識がないのが統合失調症の患者の特徴で薬を飲み続ける必要があるからです。統合失調症に関しては上記の言葉は矛盾していないか。詳しい父に訊くと、病識を持ちつつ病を忘れるくらいが大事、とそう言われます。しかしそれは非常に難しいように思います。修行をすると本当にそんなことができるようになるのでしょうか。私は病は忘れることによってむしろ統合失調症は薬を飲み忘れたりして悪化するんじゃないかと思っていて、中村天風さんの上記言葉に疑問を感じます。そして本当に有効なのであれば、なぜ統合失調症患者の再発事例はあとをたたないのでしょう。病は忘れることによって治る、という言葉は統合失調症患者に対して無責任じゃないですか?あるいは中村天風さんは医者なのに統合失調症を知らなかった?

納得できるご回答をよろしくお願いいたします。”

「回答に時間がかかると存じます。お待ちください。」

というような返信だけ今のところ来ました。

僕はもし本当に納得できる答えが返ってくるのであれば、修練してみようかと思っているんですが、おそらくそうはならないと悟っています。

統合失調症のことは置いておいても、中村天風さんの哲学には限界があります。中村天風さんの哲学を知っている人ならわかると思われるんですが、あの教えは一元論的なんですね。たとえば「積極的な言葉だけを使いなさい」。

僕は中村天風さんの哲学は素晴らしいと本当に思っているんですが、現実的にその素晴らしい哲学が世界を覆っていない”事実”の方に着目します。

一元論では多様性というものが生まれません。

僕がなぜ村上春樹村上龍に助けられたと思っているかというと、あの人たちは、”どんな人間も否定しない”というところがまず根底にあるからなのです。

僕の言葉でいうと、僕は主義主張というものが実はないのですが、逆説的に言うと、主義主張がないという主義主張がある、と説明できるんですね。

で、大事な観点なんですが、人間社会はそういう成分でできています。あるいは人間がそういう二元性を持った生き物なのです。そういう立場に立っている側からすると、もちろん中村天風さんの主張もこちらはそれはそれで一つの主張だよね、と”多様性として”認めるんですが、中村天風さんの方はこっちの立場は消極的な発想だ、と言って”否定する”んです。ここに溝があります。

でも理想は中村天風さんの方にあるんです。あの教えが全ての世界を覆うと、積極的な人間だらけの素晴らしい社会ができあがります。でも果たしてそれは、実現可能でしょうか。これまでの人間が築いてきた歴史でどの時代もそうなったことがありません。現代においてもそうです。

中村天風さんのいいところはすべて取り入れる前提はあります。僕も病気になった中村天風さんと同じように向上心を持って生きていますし、積極的にいられるところはそうします。でも僕が八年間で築き上げた統合失調症の小康状態を保つ秘訣は、村上春樹が唱えるような小さくても確かな幸せを大事にすることなのです。このブログでも書きましたが、僕に関していえば、ひとまず面接に行ったら面接が無事、終わったことを感謝する。ステップアップはあげたらたくさんありますが、統合失調症患者はその感謝をすっ飛ばして先へ先へと急ぐのは、賢明とは言えません。中村天風さんの支持者は消極的な発想だと捉えるかもしれません。僕の父親がそうです。中村天風さんは言います。いわく誰でも私のように生きればひとかどの成功者になれる、と。

中村天風さんは、成功なんてしなくても生きているだけでもう成功じゃないか、という立場もありつつ、ああいう教えですから、矛盾があるといえば矛盾があるし、そして僕が何より重視するのは、中村天風さんの哲学よりも村上春樹小確幸の方が、全世界中に共感を得ている事実です。

これはなぜなのか。その答えは繰り返しますが多様性への理解です。

中村天風さんの哲学は主に経営者などに好まれると聞きます。あるいはスポーツ選手。勝負の世界にいる人にとっては多様性なんかよりも積極性の方が大事でしょう。

多様性の押し付けもそれはそれで一つの一元論だという見方も哲学上ではあるかもしれません。でもこれもまた繰り返しになりますが、”どっちがより多くの僕のような障がい者のような人間にまで広まり受け入れられるか”の現実を僕は重視します。

平たく言うと、中村天風より村上春樹の方が読まれているわけなんですね。