がんばれないひと。

統合失調症を発症して八年目。思っていることとか人の役に立ちそうなことを書いている雑記ブログです。

統合失調症、たまには「怒る」感情も大事かも。

僕の父親は決して統合失調症に理解があるとは言えないのですが、まあ実際、今、僕は障がい者年金だけで暮らしていて、父親の表現を借りると病気に甘えている、とそう言われます。

 

他にも僕が思うところがあって犬を飼っているのを犬嫌いの父は、部屋がくせえな、とか言います。

 

僕はこれらはある程度仕方がないと思っていて、統合失調症である以上、理解のない人からの批判だったり辛辣な言葉だったりは、まあ確かにそう見えるよなあと変に冷静に考えてしまうところもあります。

 

でも。僕は最近、体調がいいので、好きなことで成功する確率と就業不可がおりてしまう確率は一緒、みたいな記事も書きましたが、ちょっと体験をまた文章にできそうな仕事の面接があったので、チャレンジで行ってきたんですね。

 

そこの面接では、以下で書いた記事も少し意識しながら、自分が思っていることをちゃんと言えたと思って、結果がまだでそれがどうあれ、嬉しかったんですね。

 

risrpd.hatenadiary.com

 

統合失調症患者は意見がまとまらない症状は往々にあります。僕もその一人です。でもその面接では、

 

「私は人の役に立つことをして自分自身が成長していくのが好きです。自分の体験を通して普遍的に問える内容を文章にするのが今は趣味でありやりがいです。障がい者であってもチャレンジができるところを示したい思いがあります。それでも業務上でその障がい者がチャレンジがどうかは関係ありません。だから体調をいつも考慮しています。今はそうできます。」

 

と面接用につくったわけでもなくちゃんと普段の本心を言えたんですね。これだけでも僕の中で進歩なのです。そういうまあ健常者からしてみたらほんとうに低レベルの次元かもしれないですが、僕は自分が思っていることをそれなりに言葉にできて面接官がそれを聞いてくれて頷いたところをみてああコミュニケーションがとれた、とそう思ってうれしかったわけです。

 

だけどそれなのに家に帰ってきたら、もっとバンバン面接受けろだとか、日銭を稼ぐために外に出て活動しろだとか、ペースが遅すぎるとか言われるわけです。

 

で、ブログなんかにしてみてもですね、「一日何万ビューを稼げる人はそれはそれでいいかもしれないけど、そうじゃないんだったら、ひとまず自活しろ」とそういう類の正論を言うんですね。

 

僕はそのときかなり感情的になってしまって、一晩、寝苦しかったんです。で、起きたら雨が降っていて、それがなんというか僕が退院したばかりでこの先不安で不安でしょうがなかった八年前の迎えに来た母親とみた病院外の風景とまったく一緒で。僕はその風景をすごく良く覚えていて、灰色の視界に刺すような水滴がパラパラ落ちている。

 

そのときやばい!と思いました。また不安な人生が始まるかもしれない、と。

 

でも前日、怒ってしまってそのことに自己嫌悪して泣いたこともあり、起きてすぐ寄ってきた犬の散歩に冷静に行って冷静に帰ってきたら、ああ昨日、怒ったり泣いたりして良かったなとそう思えたんです。感情の起伏がなくなるのもまた症状の一つですから、またまったく怒らない人が切れると怖いっていいますけど、そういうガス抜きみたいなのは大事なんだなあと。

 

僕は感情論とかその類が嫌いです。でも感情論が嫌いな人が、いたしかたなく憤るのと涙を流すのは、一つの浄化作用なのかもしれません。僕は体調が悪くなりそうなので、そういう場面に出くわさないように注意深く生きていますが、一年に一回くらいそうやって浄化して、反省する時間をつくって、少し慎ましくなるサイクルは今の僕には必要だったみたいです。