がんばれないひと。

統合失調症歴9年。34歳男の雑記です。統合失調症の能力を示すのが目的です。

村上春樹とカフカ。

昨日のテレビ番組で刑務所の中がうつされていました。

 

まあよくあるやつです。

 

でも僕は刑務所の生活にはちょっと興味があるんですね。

 

なんでかなあと思うんですが、あの規則正しい生活を強制力なしにできたらいいなあと怠け者の僕はどこかで願望があるんだと、そう思っています。

 

村上春樹の名言のひとつに

 

「会社で仕事をするよりももっともっとやりたいことがたくさんあった」

 

とあるんですが、

 

この中にはマラソンもあるし執筆もあるんですね、それを誰にやれと言われるわけでもなく成し遂げているところに非凡さがあります。

 

唐突ですが、僕はあの悲劇性が強かったり不幸性が強かったりする文学を嫌い、ふつうのそのへんに存在する世の不思議さを表現しているものが多い作品群がもし独身のままあの歳を迎えて書かれたものだとしたらファンや読者の今ある村上春樹および村上春樹が生み出した作品群に対する印象がどう違うか、あるいは違わないのかというテーマは非常に興味深いのです。

 

というのは村上春樹はご存知カフカに影響を受けているのは自明です。おそらくカフカ人間性にもなんかしら感じ取っている部分があるのも推測されます。

 

公にはレイモンドカーヴァーみたいな日本人にはなじみがうすく個性色の強いアメリカの短編作家などへの賛同を表明したりしていますが、

 

作風の原点は、近代日本文学への不満や不調和とカフカです。

 

数多くいる世界の文豪のなかでも、その名前を冠した作品を出したのは村上春樹の作品の中でカフカだけです。

 

村上春樹は思いつきや勢いやひらめきで小説を書くタイプではないのでそのあたりを考えると村上春樹の中でカフカは特別な気がします。

 

で、そのカフカは、異様にユーモアラスな言葉を恋人への手紙に残していたりします。

 

「将来にむかって歩くことは、ぼくにはできません。将来にむかってつまずくこと、これはできます。いちばんうまくできるのは、倒れたままでいることです。」


そして結局、独身のまま病死したんですね。それでも村上春樹が嫌悪した悲劇性や不幸性がカフカの文学にはなく、むしろなんか、僕なりに文学的に表現すると、

 

”それまで恋人とお花畑で仲良くいちゃいちゃしていたのに、急に夜が来て誰かにドアを閉められ監獄のようなふとんだけ敷かれた六畳一間に気づいたら一人で突っ伏していた”

 

ような作品のイメージなんですね。ひとことで不条理文学と言ってしまえばそれまでなんですが。

 

で、何が言いたいかというとここで文学論をぶつつもりはないので、センスとか直感なんですが、もし村上春樹が独身で既婚歴もなかったら書いた作品の量と質から言って、あのカフカを完全に超越した作家になった、とそう思いませんか?(笑)

 

ノーベル賞とかもはや関係なくなるくらい楽しい空想なのですが、村上春樹は常識人ですからね。

 

きっと下読みをたくされることもある村上春樹の奥さん、村上春樹と作品について大きな力になっているのでしょう。