がんばれないひと。

統合失調症歴9年。34歳男の雑記です。統合失調症の能力を示すのが目的です。

三島由紀夫は偉大?精神病?全作読んだ統合失調症患者が解説します。

人が偉大と崇められるパターンは二種類あります。

 

ひとつは今ですとリベラルアーツ的な知識でもって文字通り先生と呼ばれるくらいに博学であるパターンです。ありとあらゆる知識を広範に持ち、理系、文系とわずどの分野でも第一線で社会で起きている話題に意見ができ、また教えをこう人たちにわかりやすい言葉で解説できます。今ですと佐藤優さんはこんな感じの人でしょう。

 

もう一つのパターンは”解説をしない”パターンです。知識にあやふやなところが専門家からみればあったり、また一つ目のパターンの人のように博学である人物からは、この人価値あるでしょうか、と疑問をていされたりします。自分の作品や業績だけ残し、あとは名誉にとらわれず、すきなように自分が思うままに生きて死んでいくパターンです。

 

三島はこっちでした。あれだけの作品の質、量。ことさら文学に限って言えばノーベル賞は間違いなかったでしょう。川端康成よりも量とテーマの数では勝っています。それなのに一向に読者の方を振り返ったりしなかった。常に前に進んでいた。一歩振り返って、柔和になり、庶民と談笑する三島は誰も想像できないでしょう。

 

三島は内面に関していえば異様に言葉の技術に長けているわけですから、こんな心理は知らなかったということがなかったように思います。そう断言してもいい思います。いろいろ考えるためには言葉を使いますからね。その質と量が辞典のようだった。庶民に振り返ることで、いわば上述した前者のパターンの人物のような先生になったりして得られる幸福感も、体感できるものとして、自分はそういう人間ではなくてと知っていても、それがそう変化する可能性は知らないはずがなかった。

 

だけどそうはしなかったんですね。それで、最終的に死んでしまうんですが、ちょっと見方を変えるとあれは、人が人の上に立つ、競争によって立つ、あるいは革命によって立つ、とにかく上昇しなければいけないという全世界共通の健全な意識、とかく膨大なそれに殺されたのだと言えなくもないんですね。

 

人って褒められるじゃないですか。スポーツならスポーツ。上達すると褒められて、それに報酬がきて、さらに頑張るじゃないですか。健全な人の場合、全部、生まれたときからそのパターンで人の上に立つ人になっていくんです。学問の場合も一緒です。三島はその上昇志向の極致まで自分を高めて、実際に日本一の文士になって、さらに上を目指そうとしたけれどその上がなかったんですね。あるいは、ノーベル文学賞はあるけれど、それを受賞するまでの間に、自分が革命で自死したとかになればそっちの方が”さらに上”だと、そう考えたのかもしれません。それはちょうどサルトルが「どんな人物も人の上に立つに値しない」と述べてノーベル賞を辞退したけどその言葉によってノーベル賞よりももっと意義のある評価を得たという構造と一緒です。

 

また三島は東大の法学部ですから、ある程度のところまで、いくつくらいですかね、どっかで転換点があったと思うんですが、少なくとも東大に入って官僚にいったんなるまではふつうの努力による修学に沿ったと思うんですね。その間にいっぱい立派と呼ばれる先生方をみてきた。でも自分がそうなろうとは思わなかった。これ、ちょっと素朴な疑問として考えてしまいますよね。

 

なぜ三島は知識を教える側に立とうとしなかったのか。

 

僕は統合失調症なのでそういう心理がわかるんですが、この疑問から、三島はなんかしらの病気があって、そもそもそういう自信がなかったと考えることはできる。三島がみてきた上述した一個目のパターンの先生方たちにはおそらく、”おかしなところ”がなかったというのがなんとなく三島をより親近感の湧く小説の分野に邁進させた理由かもしれないと。

 

三島は誰かに殺意を覚えたことのないような、神経症やコンプレックスで人前で声が震えたりすることがないような、身体を鍛えなくても見栄えがするすでに文武両道な人間の感性に共感しなかった。

 

それは実際に三島が精神病だったという証拠にはなりません。でも肉体的にはコンプレックスがあった。それを深くみつめていただけで、僕の考えでは三島は精神病ではありません。三島はどっちかというと精神科医のような人でした。つまり精神病が起こる病理は知っているんですね。だから、あれだけのことが記述できた。

 

本当は、一個目のパターンの先生のように読者の方に振り返って、あれこれ講演するみたいなことができる素質や条件は全部あったんですね。でもそうはしなかったところに、偉大さがやっぱりあるんじゃないかと。楽なのは振り返る方ですからね。

 

まあここまで書いといてあれですが、三島は死にエロスを感じていたので、本当に死にたかっただけだという突っ込みが入っても、それはそれで正解で真実に近いと思いますが。

 

僕は、レベルは違えどちょうど三島のように、生き方で、統合失調症患者の負のイメージを変えたい。