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がんばれないひと。

統合失調症を発症して八年目。思っていることとか人の役に立ちそうなことを書いている雑記ブログです。

贅沢品は現金にしたくなる。

八畳くらいの犬といっしょに過ごしている部屋でブログを書いたりしているんですが、僕は物を多く持つのがあんまり得意じゃないんです。

 

ミニマリストと呼ばれる人たちは、極限まで物を減らす志向ですが、最近気づいたことがあって、「歳をとるにつれ、ちょっと我慢したり多少の面倒を引き受ければこの物はいらないなと思えるものでも、利便性を重視した方がいい場合が多くなる」。

 

昔、両親が連れて行ってくれたキャンプの寝袋がこの家に余っていると知ったとき、毛布や布団はいらないと考えたり、貰い物の石鹸が大量に余っているのを知ったときには石鹸で髪を洗えばいいと思ったり、このブログのどこかの投稿でも書いたのですがいいジーンズが一着あるのであればパジャマが不要になる、ジーンズで寝ればいいと考えたりしたものですが、

 

実際にその考えたとおりのライフスタイルを送ろうとすると、またこれも書きましたが寝袋で寝るためにはそれ相応の体力がいるし起きたときに身体の節々が痛くなってくるし、石鹸で髪を洗えないこともないけれどなんかきしむし、ジーンズは寝心地が悪い上に着崩れする問題があったりする。

 

で、そういった不便や不快をなくそうと思ったら布団があればいいしシャンプーを買えばいいしパジャマを一着用意すればいいだけのことでそんなにコストはかかりません。

 

物が最低限以下から最低限になるだけで確かに物の数と可能かどうかという観点からミニマルではないのですが、完璧にミニマルにならない方が要は快適なんですね。

 

そういうことを考えていると、ミニマリスト宣言をしている人は大変だなあという気がします。

 

これは何もミニマリスト宣言に限らず、”何かの主張をしてその通りに生きる”人はブレない点でファンを獲得しやすかったり人気が出たりしますがやっている方はしんどいような気がします。本当にその生活に何の違和感も抱かないのであれば宣言するに値しますが、そうではなくただ一ヶ月くらいそうしてみて大丈夫だったとかいう程度であればその後意見が変わったりするのが人間です。歳をとるのはそういうことだと思うんですね。

 

体力と気力。僕はまだ若くて体力に無限の自信があったとき、「ホームレスは怠慢だなあ。働き口なんて泥臭い仕事だったらたくさんあるのに」

 

とか高飛車にかまえていたものですが、ホームレスは大体中年でしょう。今30前半で如実にもう20代のころの体力はないと自覚している僕は、二度とそんな風には思わなくなりました。

 

でもそういう風には思わなくなりましたが、物が溢れかえっているのは確かなような気がします。

 

世界一貧しい大統領と呼称されたウルグアイの大統領だったムヒカさんという人が、月刊文芸春秋のインタビューに答えていましたが、その元大統領は、家畜と暮らしたり護衛とかも含めてサポートするとりまきをほとんどつくらなかったり、静かに奥さんと暮らしている生活を当時から送っていたようで、

 

いわく、「日本は無駄に便利なサービスやモノが多すぎる」。

 

現代の日本にある、人が長く生きていく上で必要な能力が劣ってしまう習慣になってしまう可能性がある科学技術の進化に、違和感を覚えたのですね。

 

ことわりをいれますが僕はこういう指摘に対しても一理ある、いやまさにそのとおりだと思うところがある半面、フェアに考えるとすべてではないと半々の見方が正しいと今では思っています。

 

日本はよく海外に比べて、街のとくに看板とかがごちゃごちゃしすぎているのは有名な比較文化論ですが、それは一面においては仕方がないところもあります。

 

ちょっと、あ、便利って思う客がいると重箱の隅をつつくようなサービスや物が出るんですが、それには確かに無駄も多い。照明の色がパッパッとリモコンで何段階も操作できる電灯を、いつだったか友人宅でみた気がするんですが、なんだか不思議な機能だなあと思った記憶があります。

 

同じ部屋の中の多少の温度差を、吹き付ける場所によって調整できるエアコンのCMをみたときも同じような印象をうけました。

 

でもそれらの商品をつくっている側とか包括的に眺めている人は、技術の進展の”過程”と捉えることができる。

 

そういったいわば、”無駄”がなければ、なかなか次の新しい画期的な発明は出てこなくて今話題性が一番高い技術であるAIなんておそらくそういう無駄に無駄を重ねた結果の集大成みたいなものなのではないかと思うんですね。

ただムヒカさんがいうように、個人レベルではそういった未来の人類のための発展はそれはそれとしてという感じで、個人の幸せとは現状関係なかったりする。

 

僕はそういうなんだか無駄な機能の多いものを多く持つ生活をしていると、すぐにそれらを売り飛ばして現金にしたくなってしまいます。

 

現金がちょっとあれば、今の生活だととりあえず煙草が買えて僕が好きなカロリーゼロの缶コーヒーも飲めてそれらの原動力から、ブログで一記事書ける些細な喜びと充実感を得られるので、それは大事にしたいな、と。