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がんばれないひと。

統合失調症を発症して八年目。思っていることとか人の役に立ちそうなことを書いている雑記ブログです。

リンダとバートのクレイジーラブと呼ばれる男女の考察。

正負の法則 恋愛

アメリカで実際にあったストーカー男とストーカー被害をうけた女が最終的に幸福に結婚するというお話。昨日のテレビ番組です。

 

ストーカー行為から劇薬でリンダを失明させたバートが服役中に真面目に罰を受け、その14年間の間に人間性が良い方向に変化しているのをリンダは再会時に感じた...

 

それが服役後に再会したバートのプロポーズを受け入れた理由だったそうです。失明させられた男であっても、そのとき確かにそう感じた。僕はこの感覚、大事だと思っています。

 

理屈で考えると、どう考えても自分に被害を及ぼした犯罪者と一緒になるのは不自然です。

 

それもリンダはもともと顔つきが端正だったと言われているので余計に憎しみが増すだろうと。

 

しかし、そのテレビ番組では誰も指摘しませんでしたが、憎しみを抱く、それもかなりの度合いをもって誰かに憎しみを抱くのは、おそらく誰かを愛してその人のことを想うというのと脳内で起こっている科学的な事象と心理状態は一緒なのだという仮説が立てられます。

 

つまり憎しみであろうと愛情であろうと誰かのことをずっと考えているという点では、近似の状況なのですね。

 

ここに憎しみと愛情が表裏一体になっている様を観察できるように思います。

 

そのとおりに、リンダの強い憎しみはバートへの強い愛へと移行するのに手間がかからなかったんじゃないでしょうか。

 

またもう一つの観点ですが、バートという男の人間性に”揺れ幅がある”ことが、このクレイジーラブを希少価値たらしめているものがあります。

 

女性の顔に劇薬をかけるのは、ある意味、最低のなかでもランク付けをすると、もはや常識一般の最低の範疇には入らない行為。

 

ランク外なんですね。それくらい行為に異質感が漂う。ただの変態的あるいはサイコ的な人間が行った行為ではなく、もともとエリートだったバートの奇行とでも呼べるものです。

 

それでも犯罪は犯罪。実刑を受けます。

 

失明という取返しがつかないことをしてしまったといういわば”負”を、

 

その後、リンダが生活に困らないように一生面倒をみて一生愛して暮らすという”正”に

変えたところに非凡なものをみるのです。

 

それを成り立たせるには常識とか世間体とかそういうのが介入しない環境が大事だということもこのクレイジーラブは教えてくれました。

 

バートは刑務所、リンダは失明による孤独、そういったものが育んだ感性は一般の人の心を動かすものに変質する。

 

zoot.blue

 

↑映画化もされているみたいですね。