がんばれないひと。

統合失調症歴9年。34歳男の雑記です。統合失調症の能力を示すのが目的です。

統合失調症患者は障がい者年金だけで生きられるか。

10日ほど前に某アパレル会社の障がい者枠の面接を受けに行ったのですが、先日、結果が来て不採用でした。

 

まあ書類が通って面接まで行けたことは良かったかなと思います。

 

ちょっと話題がずれますが、そういえば担当医はこないだこんなことを言っていました。就業許可の診断書(ハローワークが定めた書式の紙)を書いてもらっているときに、

 

「あーでも、これ仕事をしていないときの現状態しか書けないんですよねー」

 

確かにその通りなのです。仕事をしていない状態ではそんなに何か負荷がかかっているわけではないので、おおむね状態は良好なのです。担当医は僕が昨年、介護の仕事をしているさなかに就労不可の診断をしたのでそのあたりのことを考えたのでしょう。

 

それでも一応、今、僕は就労ができる状態にあります。

 

でも面接で落ちたように、民間会社からしてみたら、僕の経歴はひどいものだと思います。僕は障がい者の友達は一人もおらず、たとえばSNSなんかでつながっている人たちはみな健常者なのですが、経歴をみるとほとんどみんな勤めているところが大手企業の場合、転職など一回もしていない人も多いです。

 

それに比べて僕は、SEを三年続けたところまでは良かったものの、その後A型事業所、アルバイト、派遣、非常勤で計五社に渡って経歴を経てきました。

 

保有資格は履歴書に書けるものだと、ケンブリッジ英語のPET(日常英会話レベル)、ISIS編集学校の応用コース終了、基本情報技術者、介護職員初任者研修、です。

 

強い資格はないんですが、この資格の種類のバランスは割と気に入っています。

 

でもSEをやっているときの発症、介護をやっているときの就労不可なので面接ではなかなかそれ専門の業界だといろいろと話しづらくなってしまいました。

 

そう思い、アパレル会社に応募したのですが。

 

で、今は障がい者年金に頼っているのですが、なんとなく同世代健常者の一般というか平均ライフスタイルから降りる(ここではこう表現します)ようにすれば、僕は障がい者年金だけで豊な生活を送ることは可能か可能じゃないかを考えると可能だとは考えています。

 

もちろん持ち家の実家住まいが前提ですが。思うのですが、大半の精神障がい者の生きづらさは健常者の価値と比較するから生まれるんです。でもここも難しいところである程度社会性を持つためには、同調というか完全にみんなとずれたことばかりをしていると今の僕の歳では人として学べるものを経験として学べなくなってしまうことは起こりうる。

 

僕はそれがなんとなく怖かったんですね。それで金銭感覚も平均に合わせていたんですが、だんだん健常者であっても、僕のこの歳だとなんらかの事情にて平均を大きくしたまわる経済能力で生きていかなければいけない人もいるとわかるし、ライフスタイルも今は多様化しているからそれぞれの生き方があるのもわかる。

 

それがわかった上で、なぜ僕が障がい者年金だけで生きていくのが可能と言ったかというと、あの漫画『ドラゴン桜』にヒントがあったように思うんです。

 

ドラゴン桜』という漫画は非常によくできた漫画で、僕は一言であの落ちこぼれた受験生が一年で東大に入れた理由を述べると、それは”正しいこと”だけやっていたからというのに尽きると思うのです。

 

高校三年生にもなるといろいろ煩悩があります。勉強以外の誘惑も多いものです。恋愛もその中に含まれるでしょう。でもあの漫画では、試験というものに特化したライフパターンを主人公に植え付けたのです。

 

そしてそれは実は受験勉強をしていない人より煩悩や雑念が多くなるかといえば、(つまり受験勉強のストレスとかですね)そうでもない。

いったんはまるとそれが身体にも脳にも心地よくなることはある。これは内心でもやっぱり勉強なんかしない方が楽だったな…とか頭をよぎることがある中での幸福ではなく、”現実に実際に確かに”そういう状態になることはある。

”降りる”と表現したのはそういう理由です。受験勉強に限らず、ライフスタイルにおいても、降りればいいんです。全部ではなくても降りられるところは。他の健常者たちが熱狂している価値感から。そういうのを知っているのと知っていないのとでは、どう生きるにしろ、客観的思考に違いが出るようには思います。