読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

がんばれないひと。

統合失調症を発症して八年目。思っていることとか人の役に立ちそうなことを書いている雑記ブログです。

精神病+肉体的な病は、「常に何かやっていたい」という気持ちを増加させる。

なんか僕、煙草の吸い過ぎなのかわからないのですが(その可能性大です)

歯槽膿漏なんです。

 

統合失調症陰性症状と合わさったような形で、歯茎のむずがゆさに加え、寝転がっていると、もうこのままあと何年も生きないんじゃないか、少なくとも歯とか駄目になるんじゃないかっていう考えが頭をよぎるんですね。

 

僕が見上げた映画だなあと思う『レナードの朝』という映画にダウン症か何かを患っている患者を、ライフワークみたいにしてなんとか回復させようと奮闘する医師が出てくるんですがやっているというか目標のレベルこそ違えど、心境的には同じような気持ちです。

 

その映画では文字通り寝食忘れて治療にとりかかっているんですが、光景として胸を打つものがある。

 

何かに取り組みたい。医師は患者を助けるという最大の貢献度がある目標があります。

 

でも僕みたいな一般人は特にそういったものがない。

 

それでも何かに取り組んでいたいと思うんですね。

 

その対象は、そういう姿勢からでしか見いだせないようなものだと思っています。

 

僕は特にそういったものがないと言いましたが、やはり自分がかかった病気にまつわることについては気になります。

 

それも医学上のことではなく、統合失調症について書かれた文献には他言しなくてもすすんでとりかかるくらい興味があります。

 

今年知りえたものは坂口安吾が精神病について理解を示しているかのような著述をしていること、河合隼雄があの心理学で有名なユングその人こそ統合失調症でありまたカフカに代表される文献にはあきらかに統合失調症の症状が散見される(そしてさぞかしああいうカフカのような人は大変だったでしょうと一言くわえていること)、それに最近の発見ですが、僕は海外にばかり目を向けていましたが、日本にもよく知られた人で病的であるが鋭く世を斬った文豪がいました。

 

そうです、夏目漱石です。

 

僕は夏目漱石の作品は有名なやつしか読んだことなかったんですね。『夢十夜』みたいな作品も、病気というよりも、たぐいまれなる想像力から生まれたものとばかり思っていたんですが(なにせ夏目漱石ですものね)

 

坑夫』という作品を読んで、ああ同病だと確信しました。

 

僕は『坑夫』は笑えなかったんですよね。読みかかったとき「あ、これは漱石が全身全霊をかけて笑いをとりにきている」とわかったんですがその瞬間、なんだかその心労が推測されて面白く読めなくなった。

 

でも発見といえば発見です。漱石は自殺していませんし評価も当時から高く統合失調症であっても、破滅せずに生きられる。


そんな感じでちょっとずつ高みの文化と僕との距離をせばめていくのはやりがいのある作業で少しでも近づくために常に何か自分にとって前向きなことをやっていたい。