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がんばれないひと。

統合失調症を発症して八年目。思っていることとか人の役に立ちそうなことを書いている雑記ブログです。

統合失調症患者が社会で生きやすくなるために必要な自信とは「賢い」でも「優しい」でもなく「個性的」。

病気

先日、年内最後の診察に行ってきたんですが、

 

担当医に「○○さんにとって一番大事なことは、自信を持つことだと思います」

 

そういわれました。

 

でもこれは僕が以下の記事でも書いたとおり、非常に難しいです。

 

risrpd.hatenadiary.com

 

もともといわば舞い上がっている状態、ドーパミンが脳内でたくさん放出されている状態で発症するというのに

 

自信をもつ。これはどういうことだろうとはじめ思いました。今でも考えています。

 

そこで出た答えなんですが、

 

統合失調症患者のその患者によって千差万別の人としての性格とか性質のようなものを社会に”個性”と認めてもらえる。そういう努力をした結果として認めてもらえたなら、それは立派にひとつの患者の生きる指針である。

 

そう考えるようになったのです。

 

僕は診察のときこうきかれました。

 

「大勢の人の前であまりに自分を意識しすぎるというか自己が高まってしまう状態になることはもうないですか」

 

これは自信過剰または自意識過剰の状態です。

 

また、「他人と特に問題なくふつうの状態で接することができますか」

 

ともきかれました。

 

これは自分の価値が低いと自身にレッテルをはって自信をなくしている状態です。

 

前者は薬でおさえられます。それは僕の長年の服薬習慣でわかっています。

 

それで後者なのですが、

 

僕は確かに就労もしておらず年金をもらって手帳までもっている。

それにひけめを感じることはあります、と正直にそのとき担当医にお話しました。

 

坂口安吾の指摘、「統合失調症患者は健常者に比べて、謙虚で非暴力的」

 

risrpd.hatenadiary.com

 という肯定的な捉え方は、それはそれで一つの美徳でしょう。

 

そういう特性は僕にもあるのかもしれません。

 

坂口安吾が見出した統合失調症患者の美徳を、僕自身が誰かに見いだされるように社会と接する。

 

そして、まさに害なのではなく特性として障がい者の自分を受け入れていく。

 

その発想で害ではなく特性なのだから自信をもっていい、という話につながります。

 

これは僕の今度むかえる新年の抱負です。

 

自信をもちつつ美徳も忘れないようにせずときには美徳に反することもしてそうやって自分でお金を稼いで死なずになんとか生きていく。

 

もっとも極端な統合失調症患者の成功例はあの草間彌生さんですからね。

 

まああそこまで高みの人物を目指さなくても、方向性としては、間違いなく草間さんは個性的などという言葉の範疇には入らないくらいのものですが、個性です。

 

僕はほとんどふだん家族以外とは接しないんですが、来年は交流の幅をここで書いたことを念頭にもって生きようと思います。