がんばれないひと。

統合失調症を発症して八年目。思っていることとか人の役に立ちそうなことを書いている雑記ブログです。

レアル優勝、審判の判定も含めて鹿島に足りなかったもの。

結果としてはレアルが優勝した。

 

しかももっとも気をつけなければならないロナウドハットトリックされてしまった。

 

レアル相手にロナウドに三点決められては、さすがにどんなチームも勝てないでしょう。

 

それくらいもっとも気をつけなければならない選手だというのはわかっていたはずである。

 

選手たちも全員わかっていたはずである。

 

ではなぜハットトリックされてしまったのか。

 

それは柴崎の2ゴールで、選手たちが軽率な方向で浮かれたというか変に自信をもってしまった、としか言えない。

 

試合を全体的に俯瞰してみると打ち合いのようなゲームだった。

 

鹿島が勝ってもおかしくなかったという人はあのセルヒオラモスが二枚目のイエローカードをもらうかもらわないかの時点が境だったというかもしれない。

 

だがあの判定は決定的な判定ではない。イエローまがいのプレーだったかもしれないが、サッカーにあのくらいの判定の誤差はつきものである。

 

それよりももっとロナウドに気をつかうべきだった。

 

確かにレアルはどの選手も抜け目ない。

 

ロナウドばかりに気をつかっていてもだめだ。

 

だが、鹿島は、筆者の視点からみるとあまりにFIFA最優秀選手であるロナウドに”ふつうに”接しすぎてしまった。

 

スペインリーグやその他のチャンピオンシップなどの試合でレアルを倒すことを考えているチームは、たとえ何点とろうとロナウドには執拗に思うプレーをやらせない選手がいる。

 

ロナウドはこの試合をみてもわかる通り、精細を欠いたプレーをいくつしようとも、点を取り切れる選手だからである。たとえ90分死んでいても、ロスタイムの3分で2点くらいは自力で取れる選手である。

 

その認識が鹿島に試合全体を通じてあっただろうか。俺たちはやれるんだ、という自信よりも、あいつにはやらせないというプレーの方が大事な場面はあった。

 

この試合でわかったことは、大陸間の実力の差が埋まっているというよりも、「もっとも警戒され、なおかつスーパースターであり、プレッシャーもあるだろう選手に、その評判通りのプレーを結果的にさせてしまうというのは戦った鹿島側からするとナンセンスすぎる」

 

というもので、比較材料としてメッシをあげると過去にはワールドカップや南米選手権でメッシが点をとれなかった、あるいは決定的な仕事ができなかった試合というのは確かにある。

 

これはだが当たり前なのだ。はじめからめちゃくちゃ警戒されている選手が前評判通りのプレーができないのは、あらかじめ対策をしているそれなりのチームが執拗な守備をすればそうなるものなのである。

 

だが、鹿島はロナウドにそのまま評判通り、結果的にやられてしまった。