がんばれないひと。

統合失調症歴9年。34歳男の雑記です。統合失調症の能力を示すのが目的です。

あなたの身近にいる馬鹿にみる、世界の宗教対立がなくならない理由。

なんでもいいです、とにかく最寄りのアルバイト先でくだらない同僚と話をしてみましょう。

 

彼らには一定の風潮があります。そうです、愚民を愚民たらしめる最大のルール。

 

それは「自分とは違う価値観の人間には表情や態度であからさまに嫌悪感を示す」

 

です。

 

実は学歴などに関係なくその人間が人間的にすぐれているかすぐれていないかを判断できる材料があります。

 

それはその人がいいと思っている、あるいはファンだったりする、この場合は対象が愚民なので、なんでもいいし誰でもいいのですが、わかりやすくするために芸能人とかのタレントとしましょう。

 

そのタレントの発言、言動、芸風、その他もろもろのその人がいいと思っている個所をいったん否定する質問をしてみてください。

 

「えー?それはないよ、ありえないよー」

 

そう即座にかえってくる場合、そいつは馬鹿です。

 

でもここで一つ留意しなければならないことがあります。

 

それはその人が本当にそう思っているのかそれともただ上っ面だけでそう言っているのかを判断しなければならないことです。

 

でも安心してください。

 

多くの人間は思慮深くないものです。

 

態度と本音がリンクしている場合がほとんどです。

 

それで、じゃあどういうふうに返せば正解なのかというと

 

「私はこう思うけれど、そういう見方もあるんだね」

 

これが模範解答です。

 

このごくごく単純な人の価値感の多様性を問う質問に模範解答を出せない人間は、何歳になっても器が小さいままです。

 

何度も書いてきましたが、人間は自分が抱いている価値感を否定されると怖い生き物なのです。

 

だからやすやすと自分の信念を曲げるようなことは言えない。

 

たとえば毎朝、ちょっと辛いおもいをして健康のためとジョギングをしている習慣の人は、煙草呑み、酒呑みを、ああいうふうにはなりたくない、

 

と嫌悪したり遠ざけたりするでしょう。

 

でもその身近にある一歩目が、どんどん大きくなって、最後の一歩で戦争や紛争となるのが人間です。

 

そうなんです、戦争が起こる理由は、戦争をすればそれにまつわる軍需産業が栄えるからとかそういう理由だけじゃなしに、もっと根本をみると、

 

先にあげた例でいうとアルバイト先の愚民の「ありえない、絶対に違う」。

 

そこからきているのは間違いありません。

 

どうして価値観の多様性に理解のある人間が立派だとされるかというと、これは正負の法則が働いています。

 

それはその人だっていちいち自分がいいと思ったことを否定したくないわけです。

 

運動が健康にいいと信じている場合は、つきあう人全員が運動して酒も煙草もやらないという人だったら大喜びなわけです。

 

だって”運動だけ”やっていればいいわけですからね。

 

それを価値観の多様性をえるために、自分が為すことにいちいち否定をはさんで生きていかなければならない苦痛があるのです。

 

それを甘受しているからこその平和主義であり、

 

またそういう苦痛を伴う方法以外には平和な道は築かれないのです。