がんばれないひと。

統合失調症歴9年。34歳男の雑記です。統合失調症の能力を示すのが目的です。

アトレティコ戦、鹿島のMVPは曽ヶ端以外ありえない。

アトレティコナシオナル戦。

 

南米王者であるコロンビア代表の選手を多く擁する相手に鹿島はとちゅうまでほとんど何もできなかった。前半にはいくつか決定的なチャンスも鹿島にはあったが、前半も途中からアトレティコワンサイドゲーム

 

僕がこの試合をずっとみていて思ったのは、「攻めに慣れてくる」という言葉。アトレティコは、すべてのポジションの選手が完璧なボールタッチをした。後半のカウンターからの鹿島の2得点も、あれだけ異常な支配をされなければ生まれなかっただろう、アトレティコの攻め疲れからくる隙だ。

 

鹿島は試合巧者とかそういう形容はおそらくこのゲームに関してはできないだろう。それくらい、確かに曽ヶ端の好セーブはあったが、

 

実力に圧倒的に差があった。もしサッカーという競技にボクシングなどのような格闘技にみられるポイント制があったら、鹿島は早々に判定負けしていただろう。

 

でも一つ言えるのは、前述したように完璧にみえるアトレティコの特にボルハの十八番である、相手を背負ってのポストプレーでゴリゴリ攻めるというのが、

 

あまりに型にはまって、ことごとくそれがシュートにはつながるが入らないとなると、

 

その後、おかしな展開になるということである。

 

完全に集中力が切れたアトレティコは、失点を繰り返した。あれだけ攻めていたのに入らない。そう、鹿島はアトレティコの攻めに慣れたのである。

 

ここで慣れた、というのは、キーパーの好セーブや相手のミスや主審の笛なども含めた運の要素すら味方につける術に慣れた、というちょっと非科学的な視点である。

 

解説の元日本代表監督の岡田氏によると、

 

「今日は相手は入らない」。

 

そう形容できるものなのである。

 

サッカーという競技は、そんなにある一定のパターンをもってして簡単に得点が決まるというスポーツではない。

 

ことさら、このクラブワールドカップのような一発勝負の大会だと、いつでも通用していた攻めで、得点が奪えるというものではない。

 

むしろ、ギリギリのところのフェイントからギリギリの、たとえば相手の脚に当たるとか、ファールなのかファールじゃないのかなど微妙な判定の少しイレギュラーなプレーがあって、そこからはじめて点が入る展開とパターンがほとんどなはずである。

 

定形的な形で点が入る芸ができるのはスペインリーグのメッシやロナウドだけだ。

 

ボルハのゴリゴリした攻めを起点とするスタイルはそういった意味で、この試合ではあまりに型にはまりすぎていて、そしてそこから一つ言えるのは、鹿島はそれでもみすみすそのプレーに試合を決定づけられるほど軟弱というか伝統のないチームではなかったということだ。

 

それが見事に証明できた鹿島の勝利である。MVPは曽ヶ端以外にはありえない。