がんばれないひと。

統合失調症を発症して八年目。思っていることとか人の役に立ちそうなことを書いている雑記ブログです。

ほりえもんとひろゆきの対談本を読んだ。

 

 

これ、なんか拍子抜けしましたね。

 

どんな、知の最先端語っているんだろうと思ったら、履歴書を手書きにするかワープロにするかで、論争したりしています。

 

論争というか、そこはワープロの一択だろ!いやいや、手書きの場合だと字が上手い人がアピールできるから...とか、

 

なんかしょうもなさすぎて、その後、いろいろ飛ばし読みして読んじゃいました。

 

なんていうか、もっと他のこと話した方がいいですよね。

 

いじめ問題とか貧困の問題とかそういう弱者側の視点がこの二人にはなさすぎて、結局、健康でやる気もあって賢く生きたいという人たちにしか向けていない本。

 

まあ別にそれでいいんですが、本屋の目立つところに置いてあるくらいなんだから、

もっとそういうところまで話しているような内容じゃないと、日本は廃れるなあ、と心底思ったりしました。

 

なんていうか、ほりえもんひろゆきって、よく哲学者とか経済学者の偉人の間で〜~主義者みたいな呼ばれ方がしますが、この二人については、リバタリアンという形容すらもできないほど、知というか嗜好に欠点があります。

 

それはおそらくヒューマニズムとかそういう人間性の部分において、この二人はおそろしく思想的に凡庸だと思えるからです。

 

徹底したものがない。

 

または、ちょっと考えればその通りだな、という論理を実行したにすぎない。確かになかなかそんな勇気はふつうの人はないですよね。影響を与えられた人もいるんだろうなとは想像できます。

 

だけど、これからの未来を担う、賢いこどもたちがこの二人の発想のもと、学校も会社もいらないんだえいって感じで、何かすごいサービスを世に生み出したとしても、おそらく、倫理的な部分でアウトになったりするサービスやこどもになるんじゃないでしょうか、こういう本だけだと。

 

知の管理人というのは、そこに鈍感だといずれ死にます。

 

というのは、必ず、”人道的な見地”からでしかヒーローというのは生まれてこないからです。

 

テクニック(頭脳)があるのは前提で、勇気があるのも前提で、あとは人間性。これがそろったときにはじめて、社会は変革しますが、

 

やっぱりそんな人はそうそういないんだなあとこの本を読んで思いました。

 

まあそういう人がいたとしたら、まずこんな風な雑誌の一部?の形の対談としてまとめられないでしょうけどね。