がんばれないひと。

統合失調症歴9年。34歳男の雑記です。統合失調症の能力を示すのが目的です。

年末は一瞬なにもかもオワコンになったように思えるから不思議だ。

なんかみんなどこか遊びにお出掛けする格好をみると、

「明日も会社行くんですか?」

 

みたいにみんななんも必死にがんばらないように思えるから不思議だ。

 

ほんとうは明日の仕事のために今日早く寝るという人もたくさんいるだろう。

 

でももうみんな仕事しないんだよね?と思える瞬間はなんだか居心地がいい。

 

僕はごろごろしてばかりいるときにたまにISのテロリストとアメリカ人が、なにかの折に知り合って、双方の家でクリスマスパーティーを一日だけ一緒にエンジョイする空想なんかしている。

 

この空想は意外と変な印象を自分に残すもので、

 

一日クリスマスだけ仲良くして、あとは殺戮を繰り返すという状況に人間の興味深い一面をみるようで、

 

そういうふうに実は世界とか社会はまわっているんじゃないかと嘘だとわかってて考えをすすめようとしている。

 

もちろん現実はそんなんじゃない。

 

世間では敵対している人はするだろうし、会社で過労死でこどもを殺された両親はこどもがかえってくるわけではないし、

 

これからも利益の相反はつづく。

 

でも。

 

一日だけそういう人たちが手をとりあって、次の日からまた続きね、みたいな”ごっこ”をしている感じがするのはなぜだろう。

 

僕が社会とそんなに接点がないからかもしれない。

 

でもやっぱり年末のもうこの時間になると、ISとアメリカが一日だけ手をとりあうように、

 

これまで、わーこれすげーなーと思っていたコンテンツとかが、一向に響いてこないオワコンになったような感覚はなんだろうと思う。

 

ほんとうにそうなっている瞬間が僕の中であるのだ。

 

明日、僕は朝起きたら、自販機にいつもの日課のように犬の散歩をするとちゅうで缶コーヒーを買うだろう。

 

そのとき真横をせわしないトラックなんかが通るはずだ。

 

今日からまたがんばらなきゃみたいな生活に染まった背に腹を変えられない連中が、赤川次郎風に言うと苦虫を噛み潰したような顔で、運転しているはずだ。

 

それをみたときに再び僕の中であがめていたコンテンツが踊りだす。また僕に生きる動機を与えたり、すげーなーと思えるものごとに出会えるきっかけをつくってくれたりする。

 

つまり人間向上性が生まれるのだ。

 

ただなんでだろう。今のこの12月の半ばの真夜中に近い時間になりそうなこの瞬間は、

 

やっぱりとんでもない事件もとんでもない社会情勢もとんでもない僕の金欠事情も

 

オワコン化しているのだ。

 

おわったコンテンツ。

 

それは、一瞬、僕が何の感情ももたなくなった時間だ。

 

犬以外何も動かない部屋の空間をずっと見続けている。