がんばれないひと。

統合失調症歴9年。34歳男の雑記です。統合失調症の能力を示すのが目的です。

美輪さんが唱える正負の法則対処法「負の先払い」とは善き知性を手に入れるということである。

 

実は最近良く思っているんですが、「これはこういうこと知らなかったらただのラッキー!だと思って正負の法則でいうところの正が突っ走る可能性あるなあ」と。

 

どういうことかというと、

 

話を単純化すると、どこかの島(沖縄の離島とか)からやってきた人がたとえば関東のJR総武線とJR京葉線に乗る機会があったとします。

 

その人は、田舎ではあんまりみられないと思われるがせっかちな性格な人という前提で話します。

 

この人は時刻表を調べられない。あるとき、すごく急いでいるときに総武線に乗った。総武線はしょっちゅう次の電車が来るので、ああ早く電車が来てくれてラッキーと思います。それに比べて京葉線は待たされます。京葉線に乗る機会があって待たされたときにわあついてないなあ、と思うとします。

 

ここでこの人物が正負の法則を知っているとしたら、ものすごく低次元のレベルですが、勝手にラッキーがきて、次はアンラッキーかもと考えるかもしれません。

 

でもみなさんお気づきのとおり、それは時刻表を”知っていたら”、これらはラッキーでもアンラッキーでもなく

 

ただ”そのような歴然とした事実”ですむ話なのです。

 

この話のとおり、すべての正負の法則もそのようなパターンで分析できます。

 

僕は昨日、リサイクルショップで鞄とスニーカーを合わせて1260円で購入しました。

 

でも値札にはそれ以上の値がついていたのです。

 

僕はでも「どっちも新品で買ったとしたら、この10倍の値段くらいするからこれは買った方が得だな」という算段でお会計に持っていったら、

 

「ただ今キャンペーン中でして、2000円以下のものを同時に二つ購入されると一つ分の値段になります」

 

と言われたんです。

 

このときラッキーと僕は思ったのですが、これはでもそのリサイクルショップのメルマガだったりに登録して読んでいる人ならラッキーでもなんでもなく上述した例にあるとおりただそのような事実なだけなのです。

 

でも僕の場合はちゃんと正負の法則が働きました。それはなにかというとラッキーと思ったあと「結局、安い値段で買えたとしても、要するにこれはただのバックと靴で、そんなに物に対して執着が湧いている自分が恥ずかしい」

 

という気持ちが湧いたことでした。

 

でもそういう話が、もっと高次元になったとき、つまり時刻表を知っていたり、キャンペーンやっていることを知っていたりすることが、たとえばもっと物欲とは関係ない学問的なあるいは善き知性のための知識のための知識というような高尚なものになったときどうなるか。

 

世のしがらみからまた一つ身軽になったような気がするんじゃないかと思います。